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魔術師と剣士と無力な少女  作者:
秋の長夜の紅き月
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秋の長夜の紅き月 その5

秋の長夜の紅き月 その5


 ★ ★ ★ ★ ★



「あの、すみません! 誰でもかまいません、どのたかかいらっしゃいませんか?」

 この場合は、やはりと言うべきなのだろう。

 交番に駆け込んだ小夜子ではあるが、その狭い交番のなかで、彼女の声だけが空しく響き渡っていた。

 交番なんて、生まれて初めてだけど、テレビでその中を見たことぐらいはある。

 机が二つ並べられ、その上には書類が綺麗に並べられていた。

 どこか作り物めいた整然さがあったが、それでも、ここは人が営む場所であるはずだ。

 その環境は、確かにここにある。

 しかし、人がいないのだ。

 小夜子は途方に暮れ、普段ならここに勤めているお巡りさんが座っているであろう椅子に腰掛けた。

 椅子は小夜子の期待に反して冷たかった。


「何で、誰もいないの?」


 小夜子は顔を手で被った。

 あまりの状況に泣き出したい気分になってきた。

 だが、泣いてもどうにも成らないと彼女は知っている。

 瞳にこみ上げてくる熱い物を必死に流すまいと堪えていると、わずかな音が聞こえてきた。

 希望を胸に、顔を上げる。

 最初は小さかったその音は徐々に大きくなり、やがて、この音は足音であると小夜子は知ることが出来た。


「お巡りさん?」


 いや、この際、お巡りさんでなくても良い。

 誰でも良いから、自分はこの世界で一人きりじゃないって確かな確証が欲しかった。

 小夜子は目元を拭い、期待のこもった瞳で扉を見つめた。


「あの、すみません。これ落とし物なんですけど」


 聞こえてきたのは、緊迫した小夜子の気持ちさえも萎ませるほどに暢気な声であった。

 しかもである、小夜子は、彼女のことをとてもよく知っていたのだ。


「月島さん!」

「おう、長沢!」


 日本刀を片手に交番に入ってきた少女、月島紅の姿を確認した小夜子は驚きの声を上げ、交番の中で座っていた長沢小夜子の姿を確認した月島紅も同じように驚きの声を上げるしかなかった。



 ★ ★ ★ ★ ★



「Why」


 ビルとビルの間に挟まれた路地裏でオータムはそう呟かずにはいられなかった。

 封印しそこねた刀を封印しようと戻ってきたら、悪魔の刀が無くなっているのだ。

 この世界に招きそこねたかとも一瞬思ったが、あれだけの魔力を秘めていた刀である。

 招き損ねたとは考えにくい。

 だとしたら、こちらの世界に招いた後に、消失したと考えるのが自然であろうか。

 いや、それも違うとオータムは首を横に振った。


「だれかが持っていった?」


 オータムは口元を歪めた。やはりあの時、面倒事に巻き込まれても封印しておくべきだった。

 おそらく、ここにおいてあった日本刀を持っていたのは、オータムが倒すべき悪魔ではなく、今回の件に全く関係のない人間であるのだろう。

 だから、この世界に招かれた者が教会の予測よりも多かったのだ。

 ここにあった日本刀を持っていたがために、悪魔と誤認識して、この世界に招かれてしまったのだ。


「Damn it」


 今すぐにも駆けだして、自らがミスで巻き込んでしまった人間を探しに行きたい気分だった。

 だが、悪い事とは立て続けに起きるようだ。

 敵襲だ。

 真上から振り落とされてきた鞭をオータムは後ろに転がることで避けた。

 その後、バク宙の要領で体勢を立て直したオータムは一目散に路地裏から大通りへと走り出す。

 オータムは大通りに出ると足を止めた。

 そして、燃えさかるかのような激情を瞳に込めて、まっすぐに前を見据える。姿が見えずとも、感じる魔力で先ほどの奇襲が誰によって行われたのか確信していた。

 伝説の通り、血で染め上げかのような真紅色をした悪魔が、オータムの前にゆっくりと舞い降りてきた。


「Damn it」


 オータムの前に現れた真っ赤な女性は”血色の真紅”石と呼ばれ、魔術師たちの間では伝説的な悪魔として語れている存在である。

 過去に彼女を殺そうとして、逆に殺された魔術師たちはゆうに3桁にのぼっている。

 それほどまでに彼女の力は強大なのだ。

 オータムだってこの地にやってきた最大の目的は彼女を消去することで、他の悪魔についてはおまけ程度でしかない。

 武者震いを起こしているのだろうか、杖を握りしめるオータムの腕が小刻みに震え始めていた。

 そして、その顔は笑っていた。

 最上の悪魔と対峙して、自然と笑みがこぼれてきたのだ。


「何で私を閉じこめたの?」


 血色の真紅石は首を傾げて疑問を尋ねてきた。

 その目には明らかな敵意が、この声には明らかな殺意が込められている。

 血の色をした悪魔もわずかにだが笑っていた。

 それは、何処までも残虐な笑みであった。

 純粋に殺戮を楽しめる者のみが浮かべることが出来る狂乱の笑みであった。


「あなたをたおするため」


 手に持った杖を血色の真紅石に向けるオータム。


「あたなが私を倒せるの?」


 威嚇するように鞭を一振りする血色の真紅石。


「Yes, I can」


 最初に動いたのは血色の真紅石であった。

 血を編み上げたのではないかと疑ってしまうほど赤黒い色をした鞭が、まるでそれ自体が毒蛇であるかのようにうねりながらオータムの命を貪らんと襲いくる。

 真紅色の鞭がオータムの武器である杖を絡め取った。

 だが、オータムは冷静そのものであり、攻撃こそ最大の防御であると言わんばかりに、魔術の詠唱を唱えた。


「Fire」


 杖の先から灼熱の炎が燃えさかり、炎が竜へと成長する。

 炎の竜は紅い月が浮かぶ夜空へ昇っていき、そのアギトを大きく開くと突如急降下を始めてきた。

 竜の狙う先はもちろん血色の真紅石であり、伝説の悪魔はいとも簡単に炎の竜に包み込まれてしまった。

 もちろん、こんな簡単に決着がつくなら、血色の真紅石は伝説的な悪魔として教会からおそれられる存在へとはならない。


「何してるの?」


 炎の中から平然とした声が聞こえたかと思うと、それまでオータムの杖にからみついていた鞭がまるでゴムであるかのようにいとも簡単に炎の中へ引き戻されていった。

 一陣の紅い風が吹き荒れた。

 それはただ単に炎の中で、血色の真紅石が鞭を一降りしただけにすぎなかった。

 たったそれだけの行為で伝説の真紅色の悪魔は全身を包み込んでいた炎をかき消してしまったのだ。

 炎が消え、血色の真紅石が何事もなかったかのように立っている。

 真っ赤な服も、ルビーのアクセサリーを身につけている素肌も、血のような紅い鞭も、無傷であった。

 先ほどの炎が現実ではなく、ホログラムではなかったのではと思えるほどに、彼女にダメージは見受けられない。

 今の一撃で倒せるとはオータムも思ってはいなかった。

 しかし、それでも傷の一つぐらいは追わせることが出来るだろうとも思っていたのだ。

 今の呪文は、教会の中では一割程度しか使いれる魔術師がいない高等呪文であり、攻撃力もお墨付きの魔法であったのに。


「Damn it」


 再び、オータムは呟いた。

 そして、体内の魔力を高めながら再び、血色の真紅石と対峙するのだった。

 弱音を吐いても何も始まらない。

 この戦いに残された道は、勝つか負けるかのどちらしかないのだ。

 勝たねば殺されるだけのことだ。


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