秋の長夜の紅き月 その3
秋の長夜の紅き月 その3
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『病院建設予定地』
そう書かれた看板の前で法衣を来た彼女は立ち止まっていた。
フェンスの向こう側に見えるのは荒れ果てたビルの残骸が積み重なっている廃墟であった。
古くなった建物を壊し終えた段階であろうが、まるで墓場であるかのような荒廃した空気に包まれている。
「しかたない」
彼女はシャッターを飛び越えるなり、ビルの残骸が四方八方に散らばっている土地を眺めた。
出来るならば、何もない高原などが一番良いのだがこんな人の多い街ではそんな贅沢は言っていられない。
魔法陣を描く間、誰にも邪魔されないスペースを見つけただけでも良い方だと思うことにしよう。
法衣の女性は夜空を見上げた。
人の作り出した仮初めの光により星達の煌めきは消されている。
そんな中においても、後十日ほどで満月になるであろう欠けた月だけは、白く輝いている。
これで条件はそろった。
「Summon」
彼女の呪文に反応して、法衣の袖口から黄土色の蔓がわき出てくる。
やがて、それらは一つになり、魔法の杖となり、彼女の前に墜ちてくる。
彼女は杖を握りしめるとそのまま、大地へと突き刺した。
大地の鼓動を感じ取り、黄土色の杖が刹那、鼓動を始めたかのように輝いた。
黄土色の杖に向って両手を差し出し、そのまま始まりを告げる呪文を唱える。
「Make the another earth」
杖を中心として、廃墟となっている大地に黄土色の円が描かれる。
円は拡がり、拡がり、廃墟を越え、街全体へと拡がっていく。
「Invite the evil sprits」
黄土色の円の外周に、文字が浮かび上がる。
もし、天使が天界から地上を見下ろしているというのなら、この街全体を覆い尽くす巨大な魔法陣に気づいたかもしれないが、その円も文字もあまりに巨大すぎて人々は認識することが出来ない。
「and invite the angel sprits」
黄土色の光が円を走り抜けた。
それは六条の光である。
やがて、光が対面にある円周へと辿り着いたとき、そこには六芒星が描かれていた。
「Shut up!!」
彼女の宣言と共に一陣の光が吹いた。
光は大地を駆けめぐり、選ばれた者たちを探し出す。
汚れし”悪魔”と浄化の”天使”を街から選び出し、新たなる世界へと招き入れる。
そこに意思などは関係ない。
”悪魔”と”天使”は皆、選ばれる。
そして、糸が切れるかのように唐突に光が消えた。
選ばれたのは、9人。
彼あるいは彼女らがいま、この世界にいる全てである。
「ふう」
魔法を使った反動で加熱を始めた体に耐えきれず、今まで被っていたフードを取り外した。
フードの下に隠れていたのは、優雅にウェーブのかかった金髪に、澄み渡った碧眼、そして天使の羽の如く白い肌であった。
不自然な発音からも想像出来たように彼女の容姿は日本人離れしている。
アンティークドールというよりは西洋彫刻のような美しさを持った彼女の名は、Autumn S Orion(オータム S オリオン)。
イギリスからやって来た魔術師である彼女の目的はただ一つ、この地で生きている悪魔を退治することである。
まずは、そのための第一段階は終了した。
”悪魔”だけを、オータムが作り出した閉鎖空間へと閉じこめることが出来たのだ。
一般人は存在しかないこの世界は、まさにオータムが悪魔を狩るための世界である。
オータムは再び真上を見上げた。
星々はやはり煌めいていないが、そこには先程と変わらず月が存在している。
その月の色が先程までと違っていることを確認し、オータムは小さく笑った。
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闇夜に浮かぶ月が、まるでこれから起こる戦いを象徴するかのように、紅く、染まっていた。
これは、紅い月が浮かぶ世界で、とある秋の日に起きた、一夜の物語である。