冬の雪空を永久に その6
第六話
★ 月島 紅 ★
「あれ? あんなに沢山いたんだ」
窓から外を眺めていた僕は、ペンション冬霞を取り囲んでいる人の多さにちょっと驚いた。
僕が感じ取ることの出来た人間は三人だけだったんだけどな。
「あの殆どは式紙だよ、紅お姉ちゃん。簡単に言えば操り人形だよ」
大きな体になった空が、教えてくれる。
やっぱり、ちょっと前まであんなに小さかった空が、長沢ぐらいの大きさになっているのはまだ慣れないな。
「なるほど、それなら僕には感じ取れないわけだ」
「でも、あの紙たちを動かしているのは陰陽術で、紅お姉ちゃんたちが使っている魔力ってやつと基本的に変わらないよ。だから、敵は魔力がある嫌な嫌な嫌な奴っとでも思っていればいいよ」
「わかった。ありがとう、空」
「どういたしまして」
お礼を言うと空は嬉しそうに微笑みながら、長沢のいるテーブルにまで戻っていた。
気配じゃなくて、魔力を感知しろか。
目をつぶって、辺りに神経を集中した。
空やオータムの力が強すぎて細かくは分からないけど、山の中に何体もの式紙がいることがわかる。
「あいつか」
山の中に一際、大きな魔力・・・この場合は陰陽術かな・・・を持っている奴を感じ取れた。
あいつが、大将か、おもしろい。
「星香さんが動いた……」
式紙たちに変化が現れた。
皆が一点に、ペンションの玄関に集合し始めた。
作戦は、星香さんが囮になって式紙をおびき寄せて、そこを僕とオータムで一気に片づけるって内容だ。
空が言うには久瀬は怪我をしているらしいから、彼女が帰ってくる前までに外の邪魔な奴らは倒しておきたい。
「くれない、いく」
ペンションに施された結界を通じて、オータムの声が合図を出した。
僕は頷くと窓を開けて一気に外に飛び出す。
外に出て初めて、玄関の様子を見ることが出来た。
星香さんは、式紙に囲まれたままだ。
このままじゃ、式紙を攻撃しようとしたら星香さんまで巻き込んでしまう。
遠距離攻撃は出来ない。
近づいて一体一体式紙を倒していくしかない。
「Fire」
僕が雪の上を走り出したと同時に、ペンションの反対側から飛び出したオータムが魔術で作り出した火球を、何のためらいもなく式紙と星香さんめがけて放った。
火球は星香さんを巻き込んで式紙たちを燃やしていく。
「ちょっと、何やっているのさ、オータム!」
「No problem」
慌てる僕に対して、オータムはクールに燃え上がる炎を指さした。
星香さんは何ともないかのように、燃えている式紙の中から出てきた。
星香さんがゾンビだとは聞いていたけど、まさかあんな真っ赤な炎の中から、火傷一つせずに出てくるなんて、予想できてなかったよ。
「っち。炎よ」
後ろから、微弱な魔力を感じた僕は振り向きざまに作り出した炎の剣を横にはぎ払った。 奇襲をかけてきた式紙が、僕の目の前で式紙が燃えていく。
「オータム。僕は後ろに行くから星香さんをお願い!!」
叫んだ僕は、星香さんのいる玄関とは反対方向に走り出した。
玄関ほどじゃないにしろ、こっちからも微弱な魔力を何体か感じる。
今、ペンションの中にいるのは魔力のない長沢と狙われている空の二人だ。
絶対に、ペンションには近づかせない。
「っや」
動いていなければ大きな折り紙で人型を切り抜いただけにしか見えない式紙たちを魔術で生み出した炎の剣で焼き払っていく。
僕はまだ魔術を習い始めて数ヶ月しか経っていない。
だから、僕が使える魔術は炎系の魔術だけだし、それだってオータムがくれた魔力増幅装置を使用してやっとだ。
でも、変わりに僕には小さい頃から学んできた剣術がある。
例え、左肩が壊れていても、お前たち式紙ごときの腕じゃ僕は倒せないぞ。
「馬鹿が、まんまと罠に引っかかりおったわ」
気が付けばペンションから少し離れてしまった。
式紙を深いしすぎたみたいだ。
ペンションは星香さんとオータムがいれば大丈夫だけど、てっきり自分の心配をするのを忘れていた。
「おじさんが、この式紙たちを操っているの?」
目の前に立つ40歳ぐらいの髭を生やしているおじさんに尋ねた。
僕の周りに式紙がドンドンと集まってくる。
「まずはもっとも弱き物から倒していく、これが俺の戦い方だ」
髭を生やしたおじさんは手に持っていた棒を構えた。
確かにあの三人の中じゃ僕の魔力が一番低いね。
それにどうやら、魔力だけならおじさんよりも低そうだよ。
「僕はそんな戦い方好きじゃないね。男なら強い奴に立ち向かって行くべきだ」
僕は炎で作り出した剣を構える。
魔術を使って牽制をしようなんて考えない。
僕みたいな初心者がそんなこと出来るわけないし、魔法じゃおじさんに勝ってこない。
なら、僕はこれまで磨き上げてきた剣術で対抗するだけだ。
「片手だと?」
「そうだよ」
僕は動いた。
おじさんも棒で僕を攻撃してくるけど、僕は右手一本でその攻撃をすべて受け流す。
このおじさん、魔力は高いけど、武芸の腕じゃ僕に勝ってこない。
「くそ、式紙ども」
式紙たちがさらに、包囲網を縮めてくる。
おじさんが手に持っていた棒を炎の刀で叩ききった僕は、迫り来る式紙たちを刀で焼き払いつつ、おじさんを攻撃していく。
おじさんは体の回りに札を出現させ、僕の攻撃を防いでいく。
でも、この近距離なら僕の領域だ、もう何をしても無駄だ。
「帰れ」
札をすべて焼き払った僕は、奇襲者の喉元に炎の刀を突きつけた。
式紙たちの攻撃は止まって、おじさんは僕の瞳を見つめてくる。
「良い腕だな、だがその程度の腕では本陣には勝てないぞ。早くここから去ることだな」
僕を取り囲んでいた式紙どんどん小さくなって、おじさんの手に戻っていく。
どうやら、このまま素直に帰ってくれるみたいだね。
良かった、空の一部であるこの雪山は血で汚したくないからね。
式紙を操る奇襲者が去るのを確かめてから、僕はペンション冬霞に戻ってきた。
「おかえりなさい、月島さん。怪我とかしてませんか?」
ペンションの周りを取り囲んでいた小さな魔力はもう感じない。
どうやら、しばらくは安心みたいだね。
「うん。大丈夫。それよりも久瀬の方は?」
多分、久瀬らしき気配がこのペンションに入ってくるのを感じたんだけど、戦いの最中だったからいまいち自信がないんだよね。
「あ、それが、その、戻っては来られたのですか・・・・・・・」
長沢の歯切れが悪い。
どうしてだろう、久瀬の怪我ってそんなに酷い物だったのかな?
「あ~と、これについては私の口ではなく、月島さんが直に見た方がわかりやすいと思います。もう、色んなことが起こりすぎて私、何が何だか」
長沢はそう言うと久瀬が寝かしつけられているベットに僕を案内してくれた。
久瀬が寝かされているベットの周りにはオータム、星香さん、空、みんながそろっていた。
みんな久瀬のことを心配そうに見ている。
「久瀬の怪我は大丈夫?」
久瀬に包帯を巻いているオータムに僕は尋ねてみた。
見た感じだと腕を怪我しているだけで重傷には思えないけど。
「たぶん。くぜじゃないからかくしんはないけど」
どうしてだか、オータムの言葉もいつも以上に歯切れが悪い。
見た目は大した怪我じゃなさろうなのに、どうしてこんな、負け戦に行くような不安げな声を出すんだろう。
僕はどこか見落としてるのかな。
もうちょっと久瀬の体を………。
「あ!」
僕はやっと、長沢やオータムの気持ちが理解できた。
だから、長沢もオータムもどうしたらいいのか分からないんだ。
久瀬の傷跡から出ている血。
それは僕たちみたいな真っ赤な色ではなく、木々が生い茂った森の中にいるかのような緑色をしていた。
緑色をした人間なんているわけがない。
じゃあ、久瀬は一体何者なんだ!?
オータムが混乱している所を見ると、悪魔とかモノノケそんな類じゃないみたいだし。
「空、あなたなら何か知っているじゃないの? 永子さんをこのペンションまで連れてきたのはあなたでしょう」
久瀬の包帯に滲みぢている緑色の何かを見つめていると、星香さんが声を出した。
今の声からすると、星香さんも久瀬の正体を知らないみたいだ。
「う~ん。そうだね、永子お姉ちゃん、その血を見せたらもう隠し通せないよ。全部話して、そして私たちに協力してくれないかな。永子お姉ちゃんの力がないと明日はちょっと辛いんだよ」
空の声に答えて、久瀬の目が開く。
気を失っている訳じゃなかったんだ。
久瀬は寝かされていたベットの上で上半身だけを起こして、僕たちを見渡した。
人形以上に整った顔立ちに、雪のような白い肌と砕いた氷のような銀髪。
オータムだってそれなりに美人だけど久瀬には及ばない。
この美しさは、人間が到達し得ない領域にあるように思える。
「はい」
初めて聞いた久瀬の声には感情が乗っていない。
まるで、機械で合成しているかのような声だった。
「ありがとう、永子お姉ちゃん。ところで、日本語喋れるの?」
「いまはまだ。すこしまって」
まだ日本語を上手に話しきれていないオータムの声には、不器用だけど確かに気持ちが込められている。
なのに何で久瀬の声はこうもロボットが喋っているようにしか聞こえないのだろうか。
ちょっと、寂しいかも知れないな。
「出来た。良いわよ、空。言語を組み込んだからもう話せるわ」
急に久瀬の声が色を持った。
さっきとはすべてが違っている。
久瀬の声には何処か楽しんでいる様な感情が感じられる。
確かに、声色に感情が乗っている。
「うん。やっとお話することが出来たね、永子お姉ちゃん。もう、私が小さかった時に殆どお話してくれなかったのに、非道いよ」
「ごめんなさいね、空。出来ることなら、この体に言語機能は付け加えたくなかったのよ。言語機能を付け加えてしまえば、あの子の治療が出来なくなってしまうから。でも、今はそうも言ってられない状況みたいね」
「そうだよ、永子お姉ちゃん。ちょっと大変なことになちゃうの。あ、それとごめんね。ゴンちゃん急に暴れ出したでしょう、あれって私のせいなんだ」
「分かっている。急に空の力が大きくなったから、私もあの子もびっくりしたわ。帰ってきたら、まさか空がこんなに大きくなっていたなんて、あの子もびっくりするでしょうね」
「えへへ。でも、もうゴンちゃんはびっくりしてるよ。だから、永子お姉ちゃんのことを………」
急に言葉を喋り出した久瀬。
そんな久瀬は今まで溜まっていたストレスを発散するかのように、休む間もなくしゃべり続けている。
でも、二人が何の話してるのか僕たちにはまったく分からないわけであって。
「ちょっと、空。私たちにも分かるよう説明しなさい。二人だけで話してるんじゃないわよ」
「あ、ごめん、ママ、それにお姉ちゃんたちも。永子お姉ちゃんとこうやって喋れることが嬉しくてつい忘れてたよ」
空は楽しそうに笑う。
まったく、そんな笑顔を見せられたら怒れるに怒れないじゃないか。
「じゃあ、永子お姉ちゃんはみんなのこと知ってるから、永子お姉ちゃん、みんなに自己紹介して上げて」
「はい。みなさんとは今まで顔を合わせる機会がさほどありませんでしたが、私の出身はシュルデュウというここから三万光年ほど離れた星です。本名も別にちゃんとあるのですが、空が言いづらいと言うので、皆さんも私のことは久瀬永子と呼んでください」
軟弱な男が見たら失神するんじゃないかと思えるぐらいに美しい笑みを浮かべながらとんでもないことを言ってくる。
だけど、その一方で話の内容が内容だけに、久瀬が言っていることが僕には良く理解できない。
「………ああっと、それはつまり、永子さんは異星人って言うことでしょうか?」
みんなの心を代弁して長沢が久瀬に尋ねてくれた。
僕だって心じゃ分かっているけど、いきなり異星人ですなんて言われて信じられる訳がないよ。
「はい、そうです。ですが、小夜子さん、よく受け入れましたね。この星の人と同じ体をしている私をよく異星人を認めましたね。いくらこの血を見たからって普通はもっと疑うのでは? あなただって過去に異星人にお会いした訳じゃないですよね」
その言葉が僕の心に突き刺さる。
言うとおり、久瀬は何処から見ても人間にしか見えない。
そんな久瀬を異星人だなんて僕には思えない。
「それはそうなのですけど………。でも私からしてみれば、オータムさんと月島さんは魔術師ですし、空さんはこの雪山の精で、星香さんはゾンビでしょう。これだけそろっていればもう何でも信じますよ」
ペンション冬霞の中で普通の人間は長沢だけだ。
そんな長沢だからこそ、久瀬のことをいち早く受け入れることが出来たのかな。
でも、言われてみればそうだね、これだけ揃っていれば、今更異星人だって言われてもどうってことないかも。
見てみれば、今の長沢の言葉で、オータムも星香さんも久瀬のことを信じるようにしたみたいだ。
「それで、なんで久瀬は、地球にいるのさ?」
みんなが久瀬のことを受け入れたのを見て僕は尋ねた。
魔術師であるオータムは悪魔を狩るために日本にやって来たんだ。
久瀬にだってきっと何かしらの理由があるはず、僕はそれを知りたい。
「そうね、私は元々この星に降りるつもりはなかったわ。でも、あの子が急に体調を崩してしまって、しかたなくあの子を治すためにこの星に降り立ったの」
久瀬はこうやって日本語を話しているけどこの星の生まれじゃない。
だから、悲しいとか嬉しいとか言った感情を持っているのかどうかも分からない。
でも、例え久瀬が悲しみの感情を持っていなくても、慈悲もしくは友情の心は持っているみたいだ。
「あの子っているのは?」
「ゴンちゃんのことだよ、簡単に言うと永子お姉ちゃんのペット………じゃなくて相棒かな? 紅お姉ちゃんたちには雪男って言ったら一番分かると思うよ」
長沢の質問に答えたのは空だった。
でも、なんかまた聞き捨てならない単語が出てきたぞ。
「雪男ってどういう事だよ、空?」
「言葉のまんまだよ、雪男は雪男。最近地元の人たちはゴンちゃんの事をそう呼んでるよ。ゴンちゃん、体が大きし毛深いからそう間違われても仕方ないんだよね」
僕やオータムがこの雪山に来たのは数日前から現れた雪男を調査することが最初の目的だった。
それがまさか、久瀬の相棒だったなんてっ!
「でもね、ゴンちゃんは私の力に敏感なの。今だって私が大きくなったのに反応して一緒にいた永子お姉ちゃんを傷付けたみたいだし。もし明日、私が戦ったらゴンちゃんはまた驚いて今度は村人やホテルを襲うかもと思うの。でも、明日は私も戦わないと勝てないだろうから、その前にゴンちゃんをどうにかしないといけないの、お姉ちゃんたち」
空は言う状況はつまり、剣道の団体戦で大将がまだ出られる状況じゃないってことか。
僕たちは試合が始まる前までに何とかして大将が出れる準備をしなくちゃいけないのか。
面白い。
やってやろうじゃないか。




