冬の雪空を永久に その5
第五話
★ 冬霞 星香 ★
私の前でオータムは理解不能な行動をとった。
武器であるはずの杖を突き刺し、杖から離れていく。
降参?
いや、そんなはずはない。
先の戦い念動力の軌跡を読まれ、私の方が明らかに不利な立場に立っていたはずだ。
私が降参するならいらしらず、彼女が戦いを放棄する理由が分からない。
「どういうつもりですか?」
私の隙をつくための、彼女の作戦なのだろうか?
でも、彼女からもう先程まで感じていた殺意は感じられない。
「わたしはもう、戦わない」
手を挙げ、相変わらず舌足らずな日本語で答えてくる。
本当に、降参したのだろうか?
「何故、さっきまではあんなに戦っていたのに……」
「わたしはまちがっていた。わたしはせーかを悪魔だとおもっていた。でも、せーかはちがった。悪魔じゃなくてゾンビだった、だから、戦わない」
何故だか、オータムは心穏やかに笑っている。
彼女は戦闘を止めたつもりだろう。
だけど、私は違う。
この存在が近くにいる限り、空に何かしらの危害が及ぶ可能性は充分にある。
私は、彼女を倒さねばならない。
「どういうつもりか知りませんか。小夜子さんと紅さんに遺言はありませんか? 私で良ければ伝えますよ」
いつでも念動力を撃てるように構えながら、一歩一歩慎重に近づいていく。
彼女は動かない、引きもしなければ近づきもしない。
本当に死ぬ気だ。
私には分かる、彼女から感じる死への決意は、かつて私が抱いていて想いと同じなのだから。
「じゃあ、そらに。スキーをいっしょにすべれなくてごめんと伝えて」
愚かな人。
何故、遺言が一緒にいた仲間たちではなく、昨日知り合ったばかりの子供に対して言葉なんだろう。
このオータムにとって、小夜子と紅は子供にすら劣る存在でしかなかったのだろうか。
私は答えが出ぬまま、オータムの頭を手で鷲づかみした。
この距離で念動力を放てば、人間の頭は一瞬で胴体と引き裂かれてしまう。
彼女もそれが分かっているはずだ。
それなのにどうして、体が震えていない。
死の恐怖を感じていないオータムを、逆に死を恐れることのない私が畏怖を覚えてしまう。
「何故、死ぬのが怖くないんですか?」
目の前に銀色に輝く雪原が途方もなく広がっているかのように、声には恐怖が含まれていた。
「子供が、すきだから」
答えを聞くなり………私の体が吹き飛んだ。
★ オータム・S・オリオン ★
風が、いや、もっと大きな何かが横をすり抜けて、私の顔を鷲づかみにしていた星香を私から離した。
私は何もしていない、私はあのまま星香に殺されるつもりだった。
空から星香を奪いたくないから。
「ママ、何やってるの? オータムお姉ちゃんは悪い人じゃないよ!!」
気が付けば、私と星香の間に小さな影が割り込んでいた。
小さくて、無力で、それでいて私たちよりも純粋な存在が立っていた。
「ごめんね、オータムお姉ちゃん。ママは強い力を持つ人を見ると、誰それかまわず空から引き離そうとするんだよね」
屈託のない笑顔。
まるでここが公園であるかのような素敵な表情だけど、こんな死と隣り合わせの戦場には一番似つかわしくない。
「そら?」
私とリーガリアが大好きだったものが今、空の顔にはある。
彼女は母親である星香の事が大好きだ。
そして、どうやらこの私のことも好きらしい。
「へえ。本当、オータムの言った通り、空には強い力があるみたいだね。僕なんか多分、空の足下にも及ばないよ」
「オータムさん、大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?」
空から遅れること、少しして、後ろから紅と小夜子が走ってくる。
二人とも側に近寄るなり、心配そうな表情をしている。
「だいじょうぶ。それよりも、どうしてここに?」
星香と空に視線を戻しながら、尋ねる。
「月島さんがちょっと浮かない顔してたんですよ、そしたら、それを空さんが気づいて。どうしたのって月島さんにずっと尋ねていたんですよ」
「で、僕は空に根負けして、オータムと星香さんのことを空に話しちゃったの。それ聞いた空はそのまま一直線にここまで走って来ちゃったってわけ」
本当の所は、紅に真実を隠すつもりなんて全くなかったはずだ。
きっと星香を殺そうとする私を止めるために、空をここへ連れてきたのだろう。
が、皮肉なことに空が助けたのは、星香ではなく、この私だった。
「ママ、昨日も言ったでしょう。オータムお姉ちゃんは悪い人じゃないから手を出したら駄目だって、空との約束もう破っちゃうの?」
「違うわ、空。私は……」
「言い訳なんか空は聞きたくないの! オータムは私を狙って来た訳じゃなくて、最近、私の中で暴れている雪男を捕まえに来ただけなの。そうでしょ、オータム?」
「………Yes」
急に大人びた口調になった空に困惑していた私は、急に振られた話にすぐには反応できなかった。
今の、しゃべり方は明らかに子供の物ではない。
まるで、空が星香の親になったかのようである。
小夜子も紅も空の急変に困惑を隠せないでいるようだ。
「分かった、星香。これ以上、オータムに手を出したら私は許さないわよ! それにあなた自身、もう分かっているんじゃないかしら、オータムは何があっても子供に手を出すことが出来ない人だって言うことが!」
吹雪が起きた。
雪の壁が、空の姿を私たちの視線から奪い去っていく。
雪が止み、再び現れた彼女は、もはや私の知っている幼い空ではなく、小夜子や紅と同じぐらいにまで成長していた。
「ああ。怒っちゃたら成長しちゃったじゃない、ママ」
仕方ないわよと、でも言いそうに成長した空は肩をすくめている。
それを見た星香も分かったわ、と言いたげに肩をすくめると、娘が差し出した手を借りて雪の上から立ち上がった。
二人の親子はこちらへと振り返った。
こうして見ると改めて二人の顔つきは似ていない事が分かる。
でも、似ていないのはそれだけで、仕草や顔の表情は二人ともそっくりだ。
空と星香が親子であった喜びを笑みとして表していたのだろうか?
「あ、あの、空さんですよね」
後ろから小夜子の声が聞こえてくる。
一瞬で幼児が成人に近い形にまで成長したんだ。
小夜子みたいな普通の女子が目にしたら、それは驚くはずだ。
もっとも私は別の意味で驚いているし、紅は私と小夜子が感じている両方の驚きを得ていることだろう。
「そうだよ、小夜子お姉ちゃん」
空は幼児体型であったときと何ら変わらない笑顔を見せる。
多分、この表情だけは星香が作り出すことが出来ない空特有の表情だろう。
「多分、混乱してると思うから説明したいのは山々なんだけど、この体で長いこと外にいると大変なことになっちゃうから、取りあえずペンションに戻ってから全部を話すってことで良いかな、お姉ちゃんたち」
本当に、屈託のない笑顔だ。
それこそ、リーガリアに見せてやりたいぐらいの。
★ 冬霞 空 ★
うんうん。
やっぱり、体が大きくなると無理する割合が少なくなって体が楽になるよ。
大きくなった手をグッパ、グッパ、しながら私はそんなことを思っていた。
私とママにお姉ちゃんたちは、私の家であるペンション冬霞に戻ってきたんだ。
で、小夜子お姉ちゃんと紅お姉ちゃんは、今すぐにも私のことを教えてって言いたそうな顔をしてるの。
でも、ごめんね。お姉ちゃんたち。その前にやらなくちゃいけないことがあるの。
「そら、けっかいをはった」
ドアが開いて外からオータムお姉ちゃんが戻ってきた。
あれ? ママも一緒だったはずなんだけどな?
あ、そうか、きっとママは飲み物用意してくれているんだ。
「ありがとう、オータムお姉ちゃん。おかげで少しは時間稼ぎが出来ると思うよ」
「Yes」
オータムお姉ちゃんが席に座ると、ママが台所から出てきた。
ペンションにいる時はいつも付けているメイド服を着て、手に持っているお盆には全部で5つのカップが乗せられているの。
「はい、空」
「ありがとう、ママ」
私の前にホットミルクを置いてくれた。
流石に、体が小さかった時に使っていたカップじゃ物足りないから代用としてママのカップに入っている。
ママは、小夜子お姉ちゃんたちにも紅茶やコーヒーを配り終えるといつもの席に座った。
さあ、やっとこれで準備が整ったね。
お姉ちゃんたち何でも質問してきて良いよ。
「あの、空さん。私何が何だかもうよく分からないんですけど、どうして急に大きくなったんですか?」
最初に質問してきたのは、小夜子お姉ちゃん。
私が大きくなったからかな、前とは違って遠慮がちに私に尋ねてくる。
「そんなに、かしこまらなくても良いよ、小夜子お姉ちゃん。私はちゃんと空だから。昨日お姉ちゃんと一緒に入ったお風呂のことだってちゃんと覚えてるんだからね」
こう言うと、小夜子お姉ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤めて下を向いてしまった。
なんか小夜子お姉ちゃん、可愛いかも。
「いまは、そんなことを聞いているじゃないんです」
「そうだったね、小夜子お姉ちゃん。私が急に大きくなった理由でしょう。それは、私が怒ったからかな」
「何で、怒ったら急に成長するのさ。それに、空の中にある魔力だって成長した途端に急に大きくなったじゃないか」
流石は紅お姉ちゃんだ。
ちゃんと私の中の力のことまで気づいていたんだ。
オータムお姉ちゃんだけかと思ったんだけど、紅お姉ちゃんもそこそこに魔力って呼ばれている物があるみたいだね。
「その説明をする前に紅お姉ちゃん、ちょっと訂正させてもらうね。確かに私の中にはもの凄い力があるよ。でも、それは紅お姉ちゃんが言う魔力というのはちょこっとだけ違う。魔力じゃなくて、純粋な想いの力とでも言えばいいのかな? この雪山で何百年もかけて人が雪山に溜めてきた想い。それが私の中にある力の正体で、私自身でもあるんだよ」
う~んと。ちょっと、むずかしかったのかな。
紅お姉ちゃんも小夜子お姉ちゃんもいまいち分からないっといった顔をしている。
じゃあね、え~と、もっとわかりやすく言おうとすれば。
「つまり空はこの雪山と一心同体というわけです。たとえて言うなれば、空はこの雪山の精霊と言った所でしょう」
横から、ママが私の話しをわかりやすくしてくれた。
わかりやすい説明ありがとう、ママ。
「雪山の精霊、ですか?」
「ええ、山にこもった想いが具現化したのが空なのです。もっともこの雪山に込められた想いは私たちの想像を絶する力を持っています。空はあくまで山にこもった想いの一端でしか無いんです」
「それだけの力を持っているのに、なお一端でしかないのかよ」
紅お姉ちゃんは引きつった笑みを浮かべている。
やっぱり、力が分かる人が、私を見るとみんな驚くよね。
私としてはこれが普通なんだけどな。
ま、私の力が分からない小夜子お姉ちゃんには関係がない話みたいだね。
逆に話についてこれないことを悲しんでいるようにも見えるよ。
「それで、空は普段、力を最小限に抑えるために幼児体型で過ごしているのです。体が小さければ、その体内に溜めることが出来る想いの力も自ずと限定されてしまいますからね。ただ、当たり前と言えば当たり前な話なのですが、想いの力は想いに敏感です。ですから、先程みたいに空の感情が爆発してしまいますと空の体内の想いの力も増幅してしまうのです」
「じゃあ、その増えた想いの力を外に漏らさないために入れ物である空さんの体が大きくなってしまったっといった感じでしょうか? すみません、ちょっと言葉に語弊があるかもしれませんが」
小夜子お姉ちゃんは相変わらず、すまなそうに小さな声で喋っているの。
これがちょっと前にママが教えてくれた人見知りってやつなのかな?
「いいえ、小夜子さんの考えで間違っていません。ただ、想いの力を増幅させてしまうと、ちょっと問題が生じるのでして。空の居場所を特定されやすくなってしまうのです」
ママはそう言って、何事もないように紅茶を飲んでいる。
いくら、外にオータムお姉ちゃんが作ってくれた結界が張られているからってちょっと落ち着きすぎているように思えるな。
いつもなら、私が大きくなった時にはもっと周りの空気にぴりぴりしてるのに。
う~ん、オータムお姉ちゃんとの戦いの後で疲れてるのかな?
「問題って、このペンションを囲んでいる奴ら?」
紅お姉ちゃんもコーヒーを飲みながら、何気ない普段の話をしているかのように切り出してきた。
おかげで、小夜子お姉ちゃんなんて逆に驚いて、ちょっとむせてるよ。
「くれないもわかるの?」
そう言えば、オータムお姉ちゃんは、私のこと分かってたのかな?
紅お姉ちゃんや小夜子お姉ちゃんと違って、私のことについて全く質問して来なかったし、それに私が急に大きくなった時も大して驚いた風じゃなかったし。
「まあね、伊達ぶ剣を学んできた訳じゃないからね、オータム。でも、どうするの早い内に奴らを追い返す?」
「無駄ですよ。彼らはあくまで先遣隊みたいな物です。彼らを倒した所で、後から本陣が攻めてきますよ、空を狙うためにね」
「Yes、それにもしかしたら、そらの力にはんのうして、悪魔もくるかもしれない」
「あちゃ、それってもしかして結構、きついんじゃない」
あらあら、ママと紅お姉ちゃんにオータムお姉ちゃんは、これからの事をなにやら話し始めちゃった。
まあ、私のことは大体全部話終えたし、話題が変わってもしょうがないか。
「空さん、私は窓ふきでもしてきますから、みなさんにそう伝えてください」
みんなの話題が外にいる嫌な奴らの話に変わって、小夜子お姉ちゃんは完璧に話に付いていけなくなったみたいだね。
せめて、邪魔にならないようにと紅茶を飲み干して椅子から立ち上がちゃった。
「じゃあ、小夜子お姉ちゃん。そこのテレビの下に救急道具が入っているから出して準備してて、どうも永子お姉ちゃん怪我してるみたいだから」
私は、この雪山の一部。
この雪山は、私の一部。
この雪山で起きていることは私には自分の事のように分かるの。
もちろん、永子お姉ちゃんの居場所だって分かるよ。
でも、永子お姉ちゃんは今、腕から血を流してるし、一緒にいたあの子もいなくなってるよ。
ちょっと、永子お姉ちゃんに悪いことしちゃったかもしれないな。
「分かりました。あ、でも、外って結界張っていますよね。それって多分、誰も入ってこれない結界ですよね。でしたら、永子さんはこのペンションにどうやって入ってくるんですか?」
小夜子お姉ちゃんの言っていることはもっともだね。
言われてみれば、私も考えていなかった。
いつもの永子お姉ちゃんなら一晩ぐらい外で過ごしても全く平気なんだろうけど、今は怪我してるし、あの子もいなくなってるしね。
「久瀬か。巻き込みたくないんだけどな~」
永子お姉ちゃんの話になって、紅お姉ちゃんがそんなことを口にしたの。
紅お姉ちゃんってなんか、永子お姉ちゃんのことよく気にかけているよね。
う~ん、なんか、紅お姉ちゃんと永子お姉ちゃんって似てるかも。
「紅さん、それは私の台詞ですよ。紅さんや永子さんを巻き込んでしまったのはこの私なんですから」
ママの言うとおり、これは私達の問題。
出来れば私1人で解決したいんだけど、そうも行かない事情が沢山あるんだよね。
「でも、逆にお姉ちゃんたちは永子お姉ちゃんに巻き込まれたとも言えるよね」
その一つが、永子お姉ちゃんのことだし。
永子お姉ちゃんの問題が片づけば結構楽になるんだけど。
このペンションから出られないから、片づけるの難しそう。
「どういうことだよ、空?」
「それは後で教えるよ、紅お姉ちゃん。それよりも、もうすぐ永子お姉ちゃんが帰ってくるからそっちを頑張らないと。で、ママもお姉ちゃんたちも良く聞いてね、外の嫌な人たちを倒す時、なるべく騒がないで。もし、大騒ぎなんか起こしたら」
私は雰囲気を出すためにちょっとここで一息入れてみた。
もう、小夜子お姉ちゃんなんて雰囲気に飲み込まれて今にも生唾を飲み込みそうな顔だよ。
「大騒ぎを起こしたら、雪男が襲って来ちゃうよ」
だから、ママとお姉ちゃん達、気を付けてね。
★ ★ ★ ★ ★




