表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師と剣士と無力な少女  作者:
冬の雪空を永久に
20/25

冬の雪空を永久に その4


第四話


 ★ 冬霞 星香 ★


 私達は、林の中を歩いている。

 軽く雪を踏みしめる音だけが耳に入ってくる。

 ここは、普段誰も入ってこない。

 もし、雪山のこんな奥深い場所に入ってくるのだとすれば、それは私のような自殺志願者ぐらいのものだろう。


「ここで良いですか?」


 振り向いて、彼女に尋ねた。

 そんな人知れぬ場所だから、誰かを殺す場所には最適だ。


「Yes」


 後を歩いていた女性、オータム S オリオンはそうとだけ答えた。

 確かペンション冬霞を出る時には持っていなかったはずなのに、今、彼女の手にはまるで魔術師が持つかのような杖が握られていた。


「その杖、まるで魔法使いの様ですね」


 すでに戦いは始まっている。

 オータムという女性は、予想通り一筋縄ではいかない。

 今まで、空を狙ってきた如何なる相手とも格が違う。

 その隙のない構え、内に秘めた力、決意に満ちた目、すべてが異次元の強さだ。

 彼女に比べれば今までやって来た霊媒師など、がまるで子供のおもちゃのように思えてくる。


「No. あたしは、魔術師」


 杖の先に炎が生まれた。

 炎は火球にまで成長し、私をめがけて一気に放たれた。




 ★ ★ ★ ★ ★


「あはは。本当に小夜子お姉ちゃんはスキーが下手なんだね」


 これでもう何度目だろうか、雪の上に尻餅を付いて恥ずかしそうに下をうつむいている小夜子を空が笑っている。


「うう。本当、なんでこんなに難しいのでしょう?」

「小夜子お姉ちゃん、運動苦手でしょう」


 疑問文ではない、断言だった。

 本当なら何か言い返したい小夜子だが、空が言っていることは真実であるので何も言い返せずさらに俯いてしまう。


「こら。長沢をあんまりいじめるなって言っただろう」

「あはは。ごめん、紅お姉ちゃん」


 そう言うなり、小夜子と紅から離れて空は1人、勝手に滑り出してしまう。

 紅は慌てて追いかけようとしたのだが、小夜子が外れたスキー板とスキー靴を接続するに四苦八苦している様だったので、まずはそっちを手伝うことにした。


「すみません、月島さん」

「良いって。でも、お礼を言うぐらいだったら、早く上手になってよね」

「あう。すみません」


 何とかスキー板を接続ようだが、何度も失敗して恐怖心が芽生えたのだろうか。

 小夜子はいくらたっても滑りだそうとはしない。


「もう。ほらよ」


 そんな友人を見かねた紅は小夜子をいきなり背中から押した。

 急に滑り出す小夜子。


「きゃ、きゃ、きゃああああああ」


 しかし、心の準備も出来ていなかったし、急な事に動揺してしまい、あえなく転んでしまった。


「もう、なんてことするんですか、月島さん!」


 紅が転んだ小夜子の前まで滑っていく。

 珍しく目をつり上げて怒っていた。

 が、普段は穏和な表情しか出さないせいか、その顔は全然怖くなく、むしろ子供のようで可愛らしくもあった。


「ははははははは」

「ちょっと、何を笑ってるんですか、月島さん」


 顔を見るなり笑い出した紅に対して小夜子はもっと目をつり上げる。

 それでも、小夜子の顔は可愛らしく見え、紅の笑い声は止まらなかった。


「はあ、はあ、はあ、あああ。ごめん、ちょっと長沢の顔が可愛かったからさ、つい」


 目尻を軽く手袋をはめた手で擦りながら紅は謝った。

 面と向かって可愛いなんて言われたものだから、小夜子の顔は急に赤くなってしまいつり上がっていた目もどうするればいいのか分からずに彷徨っている。


「ちょっと、小夜子お姉ちゃんと紅お姉ちゃん、遅いよ。もっと早く滑ってよ」


 そんな二人に下の方から空が不満を言ってくる。

 不満と言ってもそれはあくまで口だけであり、その顔は笑顔で小夜子たちといることを心から楽しんでいる様だった。


「は~い、すぐに行きますから、ちょっと待ってくださいね、空さん」


 手を振り空に答え、紅が差しだしてくれた手を使い起きあがった。

 今度はスキー板が靴から外れることはなかったらしく、このまますぐに滑り出せそうだ。




 ★ 冬霞 星香 ★


 放たれた火球を何とかかわした私はお返しとばかりに手のひらをオータムに向けた。

 オータムは私の行動を理解できないのか、警戒はしているものの私の手の先に立ったままである。


 ドスン


 オータムの体が後ろへ飛ばされ、そのまま木にぶつかる。

 木につもっていた雪が重力に従って地面に落ちるように、木にぶつかったオータムも力無くそのまま地面へと落下する。

 一瞬でも、相手が気を失っている間に彼女との合間を詰めようとした私だが、三歩目を踏み出した時には、既に彼女気を取り戻して、私を近づけまいと火球を放ってきた。


「っく」


 仕方なく彼女から離れて充分な合間を取る。

 互いに息を整えながら相手の出方を待つ。

 私は遠く離れた相手を攻撃するには先程のように念動力を使うことしか出来ない。

 普通の人間相手ならこれだけで充分すぎる能力なのだが、オータムに対しては些か物足りない。

 それに、彼女も火球をどうやってか生み出して、私に放ってくる。

 彼女の火球は目視することが出来、私の念動力は目視することが出来ない。

 それに、彼女は先の攻撃で少なからずダメージを受けているはず。

 今の勝負明らかに私が有利だ。

 手のひらをオータムに向けた。

 それに気づいた彼女は右に回避しようとするが、ここは普段誰も入ってこない林の中、当然雪など堅められているわけなどない。

 生きている彼女は辛いことに柔らかい雪に足を取られながら自由に動けないでいる。


「はっ」


 私は念動力をオータムに向かって放った。

 目に見えない力にどうしようもなくオータムははじき飛ばされ、まるで雪だるまでも作るかのように雪面の上を転がり続けた。

 確かに、彼女は強い。

 きっと雪など降っていない地面の上で戦ったのなら私は負けていただろう。

 だけど、ここは雪山の中。

 雪山の精霊が付いてる私は絶対に負けないし、負けられない。




 ★ オータム・S・オリオン ★


 何回雪の上を転がったのだろうか。

 やっと止まった思った時には体中が真っ白に染まっていた。

 星香の方を見てみると彼女は雪の柔らかさなど全く関係ないかのように走ってくる。

 何故、こんなにも柔らかい雪の上であんなに軽やかに走ることが出来るのか。


「Fly」


 呪文を唱え空高く舞い上がる。

 半円を描くように星香の頭上を飛び越えて、反対側へと着地。

 星香も慌てて後ろを振り向くが既に私の体勢は整ってあり、むやみやたらに突っ込んでこない。

 星香と距離を保ったまま、私は彼女を観察する。

 先程の振り向く動作にも降り積もっている雪の柔らかさを全く感じさせない身のこなしだった。

 全く、雪に足を捕らわれていない。


「魔法使いなら、空を飛ぶ時は箒を使うんじゃないのかしら?」


 手のひらをかざしながら、星香が言う。

 視覚で捕らえることの出来ない星香の攻撃。

 厄介ではあるが、考えようによっては彼女の攻撃の特性はそれだけである。

 手強くはない。


「私は、魔術師で、Wicthではない」

「そうだったわね」


 星香の手が反動で後ろに反った。

 その手には何も握られていなく、反り返るような物は何もない。

 私は、雪の上に杖を突き刺し呪文を唱える。


「Snow wall」


 呪文に応じて、降り積もっていた白い雪たちが重力に逆らい空へ昇り、真っ白な壁を私と星香の間に形成する。

 雪で作っただけの布にも満たない強度を持つ壁。

 その壁に穴があき、壁が脆くも崩れ去る。


「っふ」


 壁が壊れたのを確認すると体をかがめ下を向いた。

 何かが、私の上を通り過ぎていく感触があり、その後、後ろの木々たちが震え、何本かは地面へと倒れた。

 鳥たちがざわめき、空へと逃げていく。


「やくに立ったよ、リーガリア」


 心の中で雪の壁の発案者であるリーガリアに礼を述べ、星香の方へと目を向ける。

 彼女はいつでも2発目を撃てる準備をしている物の、私に放ってこない。

 普通に撃っても私にはきかない事を理解したのだろう。

 均衡状態を保ったまま、私はかがんだ時に見つけた、私の真下に広がる星香の足音を見た。

 星香の足跡は私の足跡に比べてその深さは明らかに浅い。

 まるで、星香の体重がないのではないだろうかと思うぐらいだ。

 それを見て、彼女の正体が分かった。

 実際に彼女は極めて軽いのだろう。

 本来、体内の中にある生きていくために必要な物、心臓、肺、腸など彼女の体内にはそれらが全く存在していないはずだ。

 何故なら、彼女は、


「せーか、あなたゾンビね」


 一度死んだものであり、死とも生とも無縁の存在であるからだ。


「ゾンビですか……まあ、ちょっと違うでしょうけど、考え方としても間違っていませんね。私は、一度この雪山で死んでいるのに、この雪山にまだ存在しているのですからね」


 ゾンビ。

 前に二度だけその存在を見たことがある。

 彼らは一度死んでいる。

 体内の心臓や肺、腸、脳などその大半を失いながらも、骨と皮とこの世の未練だけで存在し続ける。

 彼らは生きていない、死んでもない。存在してるのだ。

 生きていないから死なない。

 死なないから、生きていないのだ。


「たおすまえに、聞いておきたいことがある、OK?」


 杖をきつく握りしめながら星香に尋ねる。

 彼女が悪魔ではないことは戦って分かった。

 悪魔と同じ邪な感触がしたのは、彼女がゾンビで、悪魔同様にこの世にいてはならぬ者だからだった。


「いいですよ、冥土の見上げに教えて上げましょう」


 気になることは沢山ある。

 どうしてゾンビになったのか。

 私が過去二回見たゾンビはどれも生きている人間によって故意的に生み出されたものであった。

 人工発生したゾンビなど聞いたことがない。

 星香も誰かに作られたのだろうか?

 ゾンビなのにどうしてそんなにも綺麗な体を保っているのか。

 ゾンビは生きていない。

 その体を覆っている皮膚はただの飾り物だ。

 時がたれはやがて腐り腐敗臭を辺りにまき散らし、見るも無惨な姿へと変わる。

 しかし、星香は皮膚が腐った感じはないし。

 彼女がゾンビになったのはつい最近の事ではないはずだ。

 それなのにどうして。


「なぜ、そらと共にくらしている?」


 気になる事はいくらでもある。

 だが、私はあえて、それは聞かなかった。

 私が聞きたかったのは星香の本心だった。


「空は私の娘です」


 当たり前のことをとでも言いたげに星香は肩をすくめた。


「だから、空を守る。あなたからもね」


 答えを聞き、私は笑った。

 声には出さない、口だけで笑った。

 リーガリアは優しさで身を滅ぼした愚か者だ。

 私は、彼女の真っ赤な体を見た時に誓ったはずだった。


 悪魔には容赦しないと。


 今までその誓いは守ってきたし、これからだって守っていくつもりだ。

 だが、今、私の目の前に立っているのは悪魔ではない。

 悪魔同様、この世にいてはならぬ存在だが、悪魔ではない。

 

 手に持っていた杖を雪の上に突き刺した。


 そして、杖から手を離し、一歩退いた。


 退き、共に悪魔を倒して来た相棒を見つめる。

 それは杖であり、この杖の本来の持ち主であるリーガリアの姿だ。


『ねえ、オータム。私たちって、本当に子供が好きよね。それこそ、もし、子供が悪魔を殺しちゃ駄目なんて言っていたら、子供の泣き顔見たくないから、私たち悪魔を見逃しそうなぐらいにね』


 過去。

 一晩中、子供の話をしながらリーガリアと過ごした日。

 リーガリアはそんなことを言っていた。

 

 ああ、そうだったのか。

 リーガリアが死んだあの晩、リーガリアを襲ってきたのは母親だけじゃなかったんだ。

 子供も一緒にいたんだ。

 だから、リーガリアは母親を殺せなかったんだ。

 子供の目の前で母親を殺すなんて、それが例え悪魔でもリーガリアに出来るわけがない。

 

 私は、また口だけで笑った。

 私も、リーガリアと同じだ。

 リーガリアみたいに子供が好きで、リーガリアみたいに馬鹿なくらい優しくて、リーガリアみたいに愚か者だ。




 ★ ★ ★ ★ ★


 空から真っ白な雪が舞い降りてきた。

 白い粉。

 元をただせばただの水。

 森の中、魔術師と母親が対立していた。

 元に守る物があったから互いに争っていた。

 だが、今はもう、魔術師に守るべき物はなくなっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ