冬の雪空を永久に その3
第三話
★ オータム・S・オリオン ★
夢だろうか。
懐かしい風景が見える。
あれは、そう。まだ、私が魔術師に成り立ての時の記憶だ。
「あなたと、コンビを組むことになったリーガリア B エジェルよ。よろしく、オータム S オリオンさん」
初めて配属された教会で、ずっと孤独だった私にそっと手を差し出してくれた彼女が、私の初めてのパートナーだった。
それから、私と彼女は数々の悪魔を殺して来た。
人間を食料にし、闇夜の中に隠れて力無き人々を殺す悪魔たち。
魔術師とはいえ、まだまだ未熟な私たちに割り当てられてきたのは比較的に弱い悪魔たちの処理だった。
弱いと言っても無傷で倒せる相手じゃなかった。
でも、どんなに傷ついても。
人を守っているという想いと、相棒であるリーガリアと一緒に苦楽を共にしている時間がある限り、私はどんなに辛く苦しく険しい道でも乗り越えていけると思っていた。
私たち二人の魔術師としての実力が少しずつ上がってきていたある日、教会から与えられた命令で私とリーガリアは南半球にある比較的小さい島に出向いた。
仕事内容はもちろん悪魔退治であり、教会が見つけて出していた悪魔を倒すことにさしたる苦労はしなかった。
悪魔を殺して、いつもならすぐに教会へと戻るのだが、リーガリアがこの南半球の小さな島を気に入って少しだけ遊んで帰ろうと言い出した。
リーガリアは仕事一筋だった私と違い、働く時は働き、遊ぶ時は遊ぶスイッチの切り替えが早いというか、器用な奴だった。
私はリーガリアに言いくるめられる形でその南の島にしばらく滞在することにした。
リーガリアは毎日のように海で遊んでいた。
明るく誰とも友達になれる性格も影響してか、三日も経てば島全体の住民がリーガリアの良き友人へとなっていた。
そして、彼女たちとも出会った。
けして豊かとは言えない住民たちの中でも、彼女とその息子は一番貧しい生活をしていたのではないのだろうか。
これは一体どういう事?
彼女とその息子を見た時に、私とリーガリアは同時に思った。
何故なら、彼女とその息子は間違えなく悪魔であったからだ。
しかし、血の匂いはしなかった。
もしかしたら数年、人間を食べずに生きてきたのではないだろうか。
困惑した私とリーガリアだったが、彼女とその息子の貧しいながらも幸せそうな暮らしだけは不覚ながらも理解してしまったのだ。
「ねえ、あの親子のこと、教会には黙っておかない?」
「何を言い出すんだ、リーガリア!」
「だって、あんなに幸せそうに暮らしてるんだよ。なんか、私たちの都合で彼女たちの幸せな時間を壊して良いのかなって思ってね」
「それでも、彼女たちは悪魔だっいつ人間を襲い、食料にし、食べ尽くすかわからないんだぞ!」
「でも、オータム。彼女、ここ数年は人を襲って無いじゃない? 多分、それはあの子のためだと思う。あの息子のために、下手な騒ぎを起こしたく無いんだと思う。だから、貧しいのに、お腹が減っているのに、必死にあの子のために我慢してるんだと思う」
「だったら、あの子供が成長したら人を襲い始めるって事じゃないのか?」
「かも知れない。うんん、あの人たちは悪魔だから多分、そうなると思う。でも、今はあの悪魔の親子は人には無害だよ。私にはあの幸せな家庭を壊すこと何て出来ないよ。それにオータムにだってそんなことして欲しくないの?」
リーガリアは泣いて、私に訴えてきた。
彼女の涙を見たのは前にも後にもこの時だけである。
確かに、今までの私たちは悪魔が人を襲う場面しか目にしてこなかった。
それ以外の悪魔の行動を見てきた事がなかった。
だから、今回の親子の事例が果たして悪魔にとって、ごく当たり前の光景なのか、それともこの親子だけが特例なのか、私には判断が付けられなかった。
結局その日は、結論が出ることがなかった。
私とリーガリアは珍しく別々の部屋で寝ることにして、泣いた目を真っ赤に染めながらリーガリアは部屋から出て行ったのだった。
そして、私とリーガリアの間で結論が出ることは永遠になかった。
翌朝、私がリーガリアの部屋で見たのは、目だけでなく体中が真っ赤に染まった彼女だった。
私たちを魔術師であると見破ったあの母親が襲撃してきたのだろう。
数年間人間を食べていない悪魔に負けるほど、リーガリアは落ちぶれていない。
では何故、彼女は負けたのか。
それはきっと、彼女が戦うことを拒んだからだろう。
昨夜も言っていた。
”私には殺せない”
本当に、そうだったのだろう。
馬鹿な奴だと思った。
敵に情けをかけて、自分が死んだら意味がないじゃないかと。
悪魔の幸せなんかのために、なんで自分の幸せを犠牲に出来るのかと。
リーガリアの亡骸を埋めることなく私はあの親子を捜し続けた。
何故、リーガリアだけ狙って私を狙わなかったのか。
それはきっと、彼女もリーガリアを殺すつもりがなかったからだろう。
いや、これは正確には違う。
人間を何年も食べていない自分が魔術師に勝てるなんて考えてもいなかったのだろう。
捨て身で息子を守るために、私とリーガリアに戦いを挑むつもりだったのだろう。
リーガリアには戦う意志がなかった。
あの親子を救いたいと考えていた。
だが、リーガリアの想いは母親に伝わることなく、彼女は死に、彼女が救いたかった悪魔の親子は、悪魔の親子は、悪魔の親子は・・・・・・・。
今、私の目の前で人を食べていた。
母が狩ってきたであろう人肉を親子そろって仲良く食べていた。
これが、リーガリアが命を賭けて守ろうとした親子だと思うと、もはや笑い声しか出てこなかった。
結局、悪魔は悪魔でしかない。
どんなに悪魔が幸せであろうとも、悪魔は必ず人を殺す。
なんで、リーガリアはこんな奴らのために命を捨てたのだろうか?
私は、その場で悪魔の親子を焼き払った。
相棒であったリーガリアが命を捨てて守った命を、私が殺した。
その選択が間違っているとは思えない。
なぜなら、悪魔はいつだって、人を襲うのだから。
「はっ」
燃えていた親子が消え、変わりに真っ暗な空間が私の前に現れた。
しばらく闇を見つめていると目が闇に慣れてくる。
闇に慣れた目で辺りを見渡して見てみると、ここはペンション冬霞の中で私に与えられた部屋だと気づく。
どうやら、目が覚めたみたいだ。
「はあぁぁぁぁ」
ベットから抜け出し、窓際に寄ってこのペンションに施した魔術を感知する。
これと言って異常はない。
紅も小夜子も気持ちよさそうにぐっすりと寝ている。
私は、ベットに座って天井を見上げた。
あんな夢を見たせいで、目がさえてもう眠れそうにない。
リーガリアが死んでから、私は誰ともコンビを組まずに、一心不乱に悪魔を狩ってきた。
復讐だけに突き動かされ、気が付いた時には、教会の歴史に刻まれるほど悪魔を狩って、英雄扱いをされるようになっていた。
ついには教会から現存する中で最強の悪魔だと言われる『血色の真紅石』を狩ってくるように命令されるようになった。
『血色の真紅石』は、この日本にいて、彼女との戦いに紅と小夜子を巻き込んでしまった。
そのおかげで、私は、二人と知り合った。
あの時、紅と小夜子がいなければ私は死んでいただろう。
「ママ、一緒に寝ても良い?」
このペンションに施した魔術から声が伝わってきた。
発生源は冬霞 星香の部屋からだ。
この声は空だから、怖い夢でも見て眠れなくなってしまったのかな。
不思議と笑みがこぼれた。
そう言えば、リーガリアは子供が大好きだった。
昔の私も子供は好きな方で、良く二人で一晩中、子供の話をしていたっけ。
「もう、空は。良いわよ、一緒に寝ましょう」
呆れたような母親の声。
その声だけで、星香が肩をすくめている情景が目に浮かぶ。
星香は悪魔なのだろうか?
空は違う、彼女は潜在的に強力な力を秘めているが、悪魔ではない。
もっと純粋な存在だ。
だが、星香は感じるのは、この世界の理をねじ曲げて生まれた邪な存在である。
悪魔とも少しだけ違う気がするのだが、彼女を触れ合った瞬間に感じた寒気は、星香が危険であることを告げていた。
きっと、星香と空は本当の親子ではないのだろう。
それなら、空の悲しみを少しは減るだろうか?
いいや、血は繋がっていなくてもあの二人は親子だ。
私は、子から親を取り上げようとしている。
私の大切な仲間をもうこれ以上失わないために………。
★ オータム・S・オリオン ★
翌朝、私は小夜子たちと一緒に朝食を食べている。
メンバーは私と小夜子、紅、空に星香といった昨日と変わらないメンバーだ。
後、1人このペンションにいる久瀬永子は、今日も私たちと食事を共にしていない。
朝早くにペンション冬霞を出てきり、一度も戻ってきていない。
空が教えてくれるには毎日、同じ行動を取っているらしく、空もまだ久瀬永子と一緒に食事を食べたことがないらしい。
「ねえ、オータムお姉ちゃん。空ね、もの凄くスキーが上手いんだよ」
「Yes」
「それでね、小夜子お姉ちゃんとは昨日のうちに約束したんだけど、一緒に滑りに行かない?」
星香が作ったみそ汁を美味しそうに食べながら、空が提案してきた。
そんな空の横では小夜子が嬉しそうに微笑んで、さらに横では星香が驚愕で目を見開いていた。
星香が警戒しているのは、きっと私の正体に気づいているからだろう。
私に空を必要以上に近づかせないようにしている。
同様に魔力のある紅にもそうだ。
唯一、魔術を持っていない小夜子にだけ、空を近づかせている。
「空。駄目よ」
「えええ。何でよ、ママ。オータムお姉ちゃんと小夜子お姉ちゃんってスキーが下手そうだから空が教えてあげようと思ったのに」
空が子供らしい素直な意見を述べてくる。
確かに私はスキーが苦手だ。
それはどうやら、小夜子も同じであるらしく、ちょっとだけ悲しそうな瞳で空を見ていた。
「Sorry,そら。わたしは、仕事がある。だから、いっしょにはいけない。だから、またこんど、わたしにスキーを教えて」
日本語を聞き取るには苦労しない。
だが、話すとなればまだ上手には話せず、所々つまずきながら何とか他人に意志を伝えることしか出来ない。
「あ、そうでしたね。すみません、空さん。私もオータムさんを手伝わなくてはいけませんので、今日はちょっと」
小夜子まで空との約束を断ろうとしている。
空は優しくて、明るくて、元気な子だ。
リーガリアと一緒に仕事をしていた頃の私は、空みたいな子供が大好きだった。
だからだろう、彼女に対してついつい甘くなってしまう。
「さよこ。わたしの方は大丈夫。さよこはそらとあそびながら、Big Footについて聞いてくれればいい。だから、そらとあそんで上げて」
でも、この優しさはもしかしたら、これから私が行おうとしている行為への謝罪なのかも知れない。
「オータムさん、ありがとうございます」
「わああ。ありがとう、オータムお姉ちゃん」
空と小夜子は手をハイタッチで合わせて互いの喜びを伝えあっていた。
そんな、空とじゃれ合う小夜子に、どことなくリーガリアを重ね合わせてしまう。
彼女もここにいたのならば、小夜子と同じように空と喜び合ったことだろう。
もっとも、リーガリアは小夜子ほど大人しくはなかったが………。
★ オータム・S・オリオン ★
私は部屋の中で、1人ただ何をすることもなく時間が過ぎるのを待っていた。
子供に母親が死ぬ所を見せたくない。
空が、小夜子と紅と一緒にペンション冬霞を出るまでは動くことは出来ない。
星香が悪魔であっても、その実力はそこまで高い物ではない。
私の力ならさほど苦労するまでもなく倒すことが出来るだろう。
だから、今は空が星香から離れるのを待っている。
コンコンコン
「くれない? カギはあいてる」
ドアが開かれるとそこは真っ赤なスキーウェアーに着替えた紅が立っていた。
一瞬、夢のことを思い出してしまうが、何とか顔には出なかった様だ。
「オータム、本当にやる気なの?」
ドアを閉め、私に聞いてきた。
今の紅はいい目をしている。
鋭く光った眼孔が見る者を圧倒させる、戦う者の目だ。
「Yes、せーかをたおすことは教会からのめいれいじゃない。でも、あたしは悪魔をゆるせない」
そう言えば、星香にはこんな目が全く似合わない気がする。
星香の目は空を見つめている時の優しい光りを帯びている時が一番似合っている気がする。
これから、倒すべき相手に大してこんな事を考えている自分がちょっとおかしく思える。
「でも、星香さんは空のお母さんだろう。星香さんが死んだら空はどうなるんだよ。まさか、空も殺すなんて言い出さないよな」
紅の目の光りが更に鋭くなった。
「それは、だじょうぶ。そらはせーかの本当のこどもじゃない。そらにはつよい魔力がある。きっと教会がせわをしてくれる」
星香と空が実の親子じゃないってことが意外だったのだろうか。
紅は即座に私に言い返すことなく、その場で立ちつくしていた。
そして、しばらくして、
「でも、やっぱり、僕は嫌かな。星香さんと空ってあんなにも仲が良いのにそれを引き裂くなんてね。そりゃ、僕だって悪魔の恐ろしさは身をもって知ってたよ。でも、それでもやっぱり、僕は反対かな」
まるでリーガリアの様なことを言った。
何で、私の周りにはこんな馬鹿なまでに優しい奴らが多いのだろう。
リーガリアは優しさが災いして死んだ。
小夜子と紅は、そのことを知らない。
だから、こんなにも優しい言葉を言うことが出来るんだ。
その言葉がどんなに危険な言葉か分かっていないんだ。
コンコンコン
「ねえ、オータムお姉ちゃん。紅お姉ちゃん知らない?」
ドアの向こうから元気一杯の空の声が聞こえてきた。
「空。僕はここだよ。長沢の準備は出来たの?」
「うん。やっと、小夜子お姉ちゃんの準備終わったよ。全く、小夜子お姉ちゃんって鈍くさいね」
「こらこら、あんまり長沢の悪口言うと、僕は怒るよ。それよりも長沢と玄関で待っててよ。僕もすぐに行くから」
「は~い」
トテトテトテと空が廊下を走る音が聞こえてきた。
何も知らない無邪気な子供。
私とリーガリアが、もっとも守りたかった存在である。
「明日も、空はあんな風に走れると思う、オータム?」
紅が投げかけてきた質問。
だが、紅は私の答えを聞くまでもなく答えが分かったのだろうか。
答えを聞かぬままに部屋から出て行った。
それからしばらくして、窓の外から空の元気な声が聞こえてきた。
きっと私は紅の質問には答えられない。
いや、答えたくない。
でも、それでも、私はやらなくてはならない。
コンコンコン
三度、ノック音が聞こえてきた。
私が何か言うのを待たずしてドアは開かれた。
開いたドアの先にいるのは、簡素なメイド服を着た星香。
彼女が紅以上に鋭く輝いている瞳で私を見ていた。
「いきましょうか」
そうとだけ呟かれた星香の言葉。
私は立ち上がり、戦場へと赴いた。




