冬の雪空を永久に その1
第一話
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ここは昔から雪が降っていた。
しんしんと降り注ぐ雪を浴びて、その雪山は更に厚みを増してきた。
何百年も前からそこに存在している雪山。
どんなに時が移り変わろうとも大きく威圧的で、白く神秘的な姿であるそんな雪山を見て人々は皆、雪山に様々な願いを込めてきた。
願い、すなわち人の想いはそうやって何百年もの時を重ねて雪山の中に蓄積されていったのだ。
今日もまた雪が降っている。
そんな雪山に六人の女性達が集い、冬の星空の下、永久に色あせない思い出を作っていく。
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ペンションの中をドタドタと走り回る音が響き渡る。
ドンドンと近づいてくる足音を聞いて、冬霞 星香は肩をすくめた。
一体今日だけで何度目だろう?
「ねえねえ、ママ。お客さんってまだ来ないの?」
フロアの電球を変えていた星香に向かって放たれる元気一杯の声。
その声の主である少女も、負けじと元気一杯に体を弾ましていた。
「そうね。後一時間ほどで来るんじゃないかしら」
とても簡素な作りであるメイド服に身を包んだ星香は、いつでも遊ぶ準備万端と言った具合の姿をしている少女を見て、また肩をすくめた。
「それよりも、空。ちゃんとお部屋の掃除したんでしょうね。してなかったら、外で遊ばせませんよ。それにお客さんだって長旅で疲れてるんだから、わがまま言っちゃ駄目よ」
空と呼ばれた元気一杯の少女は星香の言葉に頬を膨らました。
「え~~。折角、お客さんが来るんだよ。一緒に遊びたいよ~~~」
「駄々を捏ねるんじゃありません」
「ママの意地悪。いいもん、ママなんか大嫌いなんだから!!」
真っ赤な舌を星香に見えるように思いっきり出して、空は外へ飛び出した。
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「なあ、本当に良かったのオータム?」
厚手のジャンバーに身を包んだ、ショートカットの少女が横にいた金髪碧眼の美人に尋ねた。
「OK。これは教会の金で、わたしの金じゃないし。くれないもさよこも思いっきり楽しんで」
金髪碧眼の美女は隣を歩いているおかっぱ頭でちょっと気の弱そうな少女にウインクして見せた。
「教会の経費ってことは、この雪山、何か問題があるって事ですか?」
オカッパ頭の少女が不安そうに目の前にある雪山を見つめる。
このオカッパ頭でちょっと気の弱そうな少女の名は、長沢 小夜子と言う。
小夜子はその容姿に反することなく自己主張が苦手な少女で何かと面倒な事ばかり押しつけられる少女である。
生徒会でも、友人関係でも、家庭内でもそれが変わることはない。
ただ、本人に至ってはそんな自分を嫌がってもいないし、困ったことなどがあるとすぐに相談できるという理由で学校内でもそこそこに人気がある。
「かもしれないね。でも、何かあっても僕とオータムで何とかするよ」
深刻。
そんな言葉とは無縁とも思える笑顔を浮かべて、ショートカットの少女は小夜子の肩を元気づけるように叩いた。
彼女の名は月島 紅。
小夜子の同級生だ。
持ち前の明るさが取り柄でどんなに窮地に陥っても落ち込んだりしている姿を見た者は誰もいない。
明るく、整った顔立ちで身長も175cmと学校で友人や思い抱く者が多そうな彼女だが、学校いや実生活で親友と呼べるのは、小夜子とオータムだけである。
数ヶ月前のある秋の日に、紅は左肩を壊した。
それ以降は時間が出来てこうやって友達と遊びに行くこともあるのだが、肩を壊す前までは剣術一筋だった。
誰よりも強くなる。
ただそれだけの思いの元に紅は一心不乱に剣を振り続けてきたのだ。
それこそ、友達と遊ぶ時間を削ってまでだ。
肩を壊してからは剣に割り当てて時間が大幅に減った。
そして、余った時間はこうやって小夜子たちと一緒にいること使うか、オータムが示してくれた新たなる道を極める時間にしている。
「Yes。くれないもだいぶ魔法が使えるようになってきた。もう、実戦でもつかえるほど。ほんとうに凄い」
日本語になれていないのだろう、金髪碧眼の美人は舌足らずな日本語で紅を褒めた。
この金髪碧眼の美人の名前は、Autumn S Orion(オータム・S・オリオン)と言う。
名前から分かるように彼女は日本人ではなく、欧州からやって来た魔術師であるのだ。
紅が左肩を壊したあの秋の日。
オータムは教会からの命である悪魔と呼称される化け物を退治しようとしていた。
が、相手が予想以上に強く窮地に立たされている時に紅と小夜子に出会った。
あの時、あの場所で、紅と小夜子に出会わなければ、オータムはあのまま悪魔に殺されていたことだろう。
その後、任務を終えたオータムだったが教会の命でこの日本に残ることになったのだ。
日本で発生した超自然現象や霊的な事件を解決するためにだ。
そして、今日この雪山にやって来たのも、教会からの命によるものだった。
数日前にこの雪山で雪男、つまりビックフットが目撃されたらしい。
事実にしろ、狂言にしろ、真偽を確かめて時と場合によっては、雪男を殺すことが今回のオータムの使命である。
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「へえ、ここが僕たちの泊まるペンションか。良い場所じゃん」
目の前に立つ建物を見て、紅が笑う。
確かにこのペンションは綺麗だった。
作られて間の無いのだろう。
壁などに大した傷もないし、デザインだって古くない。
「では、早速入りましょうか。私、ちょっと疲れましたし」
小夜子はそう言って、一歩踏み出した。
靴がまださらさらの雪を踏みしめる感触は、普段雪とは縁のない場所に住んでいる小夜子にとって、いくつになっても素敵な感触だった。
「え?」
まだ小夜子たち三人は扉までたどり着いていないのだが、不意にペンションのドアが開いた。
同時に何か小さな影が一目散に飛び出して小夜子たちの元に迫り来る。
「いらっしゃいませ。ペンション冬霞にようこそ、お姉ちゃんたち」
飛び出してきた小さな影は、小夜子たちの前で立ち止まると元気一杯に頭を下げた。
本当に小さな少女だった。
小学生一、二年と言った所だろう。
肩の所でそろえられた髪に大きなおでこがとても印象的だ。
白いスキーウェアに包まれたその体は、さながら雪の妖精と言った所だろうか。
「もう、空は、待っていなさいって言ったでしょう。あ、どうもすみませんね」
新たな声が聞こえた。
扉の近くで一人の女性が立っていた。
メイド服―――といっても男の子が喜びそうなヒラヒラしたものは全く付いていないで実用性だけを考えたデザインだ―――を着て長い髪を三つ編みにしてまとめている。
優しそうな人だな。
それがメイド服を着た彼女を見た小夜子の第一印象だった。
「いいえ。あの僕たち・・・・・・」
「分かってます。オータム S オリオンさん、長沢小夜子さん、月島紅さん。お待ちしておりました。ようこそ、ペンション冬霞へ。私はオーナーをしております、冬霞星香と申します」
星香と名乗った三つ編みの女性は深々と頭を下げる。
そんな星香に続いて雪の妖精のような少女も元気一杯に挨拶した。
「冬霞空です。仲良くしようね、お姉ちゃんたち」
元気一杯に差し出された小さな手を見つめ、ちょっとだけ心が温かくなった気持ちになった小夜子は、少女の手を握り替えした。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね、空ちゃん」
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ペンションに入り、二階に部屋へと案内された小夜子たちは荷物を置き、星香と空が待っているキッチンにまで降りてきた。
キッチンでは椅子に座っている空がつまらなそうに足をぶらぶらさせている。
実際、退屈なのだろう、子供故の正直な感情表現に小夜子は微笑を浮かべてしまう。
「どうぞ」
テーブルの椅子に座った小夜子たちの前に、星香がお盆に載せていた紅茶をそれぞれ置く。
テーブルの上にはクッキーの入ったお皿も置いていた。
「皆様、お砂糖と、ミルクは如何しましょう」
「あっと、僕はいらないや。長沢は両方で、オータムはミルクだけで良かったよね」
「はい」
「Yes」
紅の返答に小夜子とオータムが頷いた。
それを聞いた星香は料理場の方へ、角砂糖を三つとミルクを一つ、そして空のためのホットミルクを取りに戻った。
「はい、空。熱いから気を付けて飲みなさいよ」
ホットミルクを空の前に置き星香が注意する。
いつもいつも言われていることなのだろうか、空は面白くなさそうに頬を膨らまし反論した。
「もうママはいつもいつも一緒のことばかり。そんなこと言われなくても分かってるよ~だ」
そう反論する空だが、怒りのために本来の目的を忘れたのだろう。
目の前にあったホットミルクを口に含んでは、舌を出してあつい、あついと呻いている。
「ほら、言ったでしょう」
一人苦しんでいる空に肩をすくめた星香は空の横に座った。
その位置は丁度、小夜子たち三人と対面する位置である。
「仲がいい親子ですね」
紅茶を口に含みながら小夜子はそんな事を言った。
「そう見えます? 空ったら全然私の言うこと聞かないでもう手に余るぐらいですよ」
また、肩をすくめる星香。
「確かに空って元気良さそうだよね」
「そうなんです。もうちょっと目を離せばすぐに何処かに遊びに行くんだから、困ったものです」
「でも~ママ。私はこの雪山の一部だよ、全然問題ないし、危なくもないよ」
「そう言う問題じゃありません。空はまだ小さいし、危険なのは雪山じゃなくて、そこにいる人たちなんですからね」
「もうママっていつもそんな事ばかりいうんだから。ママの分らず屋!!」
真っ赤な舌を出して意思表明をした空はホットミルクをもって、テーブルから離れてしまった。
テーブルから少し離れた所で星香に背を向け、ちびちびとホットミルクを飲む空の姿はまるでかまってもらうのを待っている猫のようだ。
そんな空の姿があまりにも愛しかったので、小夜子も紅茶をもって少女の隣まで移動した。
「小夜子さん………」
星香が申し訳なさそうに言うが、小夜子は軽く振り向いて視線を合わせるだけで、空の方を向いてなにやら話し出した。
一体何を話しているのだろうか?
テーブルにいる紅たちには良く聞こえないが、空の背中からはさっきまで感じていた怒りが完全に消えているのは明らかだった。
「よけいなことかも。でも、さよこは子供がすき。あのこはさよこにまかせて」
「そうだね。長沢ってああいう意地っ張りな子の面倒を見るの得意だからね」
オータムと紅はそう言いながらテーブルの上に置かれているクッキーに手を伸ばした。
「そのようですね、空の機嫌も戻ったようですし」
星香も再び椅子に腰を下ろし、クッキーを取ろうとテーブルの中央に手を伸ばした。
丁度、オータムもクッキーを取ろうとして手を伸ばしている最中だったため、二人の手は偶然触れ合った。
「っ!!」
触れ合った二つの手はまるで未知のものを触ったかのように反発しあい互いの胸元に戻ってきた。
「ん? どうしたの二人とも?」
クッキーを口にくわえたままの紅が二人の過度すぎる反応に疑問を抱く。
「なんでもない。Sorry、せーか」
そう言うものの、オータムの碧眼には明らかに相手を警戒する色が芽生えていた。
「いいえ、こちらこそ、すみませんでした」
星香もオータムに頭を下げるがどことなくその動作はぎこちないし、痛みなど走ったはずがないのにオータムと触れ合った部分を未だにさすっている。
「変な二人」
そう言って紅はペンション内を見渡した。
白で統一された室内はまるで、雪山の中にいるようだ。
意識して作っているのだろうが、雪山から寒さを逃れて入ってくるペンションの中で雪山を感じるのもまた面白い。
「あれ?」
窓のそとに人影が見えた。その人影は躊躇うことなく、こっちに向かって歩いてくる。
目をこらして見てくると、人影は女性だ。
オータムと同じような白い肌。
ただ髪は染めているのだろうロングヘアーが銀色に輝いている。
「どうしましたか、紅さん?」
窓の外を凝視している紅に疑問を抱いた星香が尋ねてきた。
「いや、あれ。誰かがこっちに歩いてきてるから」
そう言って窓の外を指さした。
真っ白に被われた土の上を歩く白銀の髪をもつ彼女は、まるで雪の一部かと見間違うほど、雪山に馴染んでいた。
「ああ、永子さんですね」
「誰なの、星香?」
「後でご紹介しようと思ってましたが、彼女は久瀬 永子さん。紅さんたち同様にこのペンション冬霞のお客様です」
星香の説明を聞いた紅は、
「久瀬永子」
と小さく呟いた。
何故だろう、まだちゃんと面と向かって合ってもいないのに彼女のことが気になってしまう。
「空。永子さんが戻ってきたわよ、出迎えてあげなさい」
「え、本当なの、ママ」
星香の指の先に永子の姿を確認した空は笑顔でドアから飛び出そうとした。
が、ドアノブに手をかけた時点で思いとどまり、先ほどまで座っていた場所まで急いで戻ってくる。
「ねえねえ、小夜子お姉ちゃんも一緒に行こう」
空が差し出す小さな小さな手。
小夜子は少しも躊躇うことなくその手を握り替えした。
二人の顔に笑顔が浮かび、る永子の元へと向かって元気一杯に走り出した。
かくして、六人はペンション冬霞に集まった。
小夜子、紅、オータム、空、星香、永子。
彼女達六人はこれから、互いに知り合えたこの偶然に何を思うのだろうか?
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