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魔術師と剣士と無力な少女  作者:
秋の長夜の紅き月
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秋の長夜の紅き月 その16

秋の長夜の紅き月 その16


 ★ ★ ★ ★ ★



 後に”セイクリッド・オブ・クリムゾン”と呼ばれる事件が終焉を迎えて、一週間が過ぎた。

 紅い月が浮かぶ閉鎖空間で悪魔と死闘を繰りひろげ瀕死状態であった魔術師と剣士と少女は、その後、魔術師が属する”教会”によって迅速に回収され、”教会”と繋がりのある病院に極秘裏に入院し、一命を取り留めた。

 外部には”悪魔”の事を話すわけにはいかず、教会が作り上げた架空の事件に巻き込まれたと説明されており、三人は退院後、形上とは言え警察の取り調べなどが行われ、本日晴れて自由の身となれたわけだ。


「ふ~~ん」


 紅い月が浮かぶ閉鎖空間に選ばれた街を見下ろせる高台に来た小夜子は、ここまで昇ってきただけで少々張ってしまった筋肉をほぐすために軽くのびをした。


「やっぱり、お空に浮かんでいるのは、輝く太陽か、白銀の月が良いですね。それ以外は、もうご遠慮って所ですよ」


 頭上に燦然と輝く太陽に目を細めながら、後ろにいる二人に同意を求める。


「そうか。僕は、またあの紅い月が浮かぶ世界も良いかもって思うけど。確かに、大変だったけどさ、こうして三人とも一応は無事に帰ってこれた訳だし。悪魔さえいなければなかなかに綺麗な世界だったと思うんだけどな」


 小夜子の横に左腕を三角巾でつり下げた紅が並ぶ。

 悪魔との死闘で追った左肩の傷は、現在の医療では完治出来ないと診断された。

 本来なら、指先一本動かせないような状況であったが、教会が持つ治癒魔法と医療の融合によって、辛うじて日常生活を送れるぐらいには回復出来そうではあるが、もはやかつてのように剣を振るうことは叶わない。


「あの戦いで、ダメージをうけた一番は、くれない。でも、そんな事を言う?」


 紅とは反対側に立つのは、片言な日本語を話すオータムである。金髪碧眼の彼女は首を傾げて素直に問いかける。


「失ったものがあったけど、得たものもあったからかな。それよりも、僕はもうお腹ぺこぺこだよ。早く、長沢が作ってくれたお弁当食べようぜ」


 もう二度と左手を使って剣を振るうことが出来ない。

 入院中にそう診断された時の紅を小夜子もオータムは忘れない。

 いまだって、二人に心配かけまいと元気に振る舞っているが心の中では泣いているはずだ。

 幼少の頃から、剣の修行一筋に生きてきた紅にとって、剣とは人生そのものであった。

 突然として生き甲斐を失ってすぐに立ち直れるほど、紅達は人生を長く生きていない。


「はいはい。腕によりをかけて、朝四時起きで作った自信作よ。絶対に食べ残さないでね。あ、オータムさん、お箸って使えます?」

「…………がんばってみる」


 ビニールシートの上に重箱を拡げ、二人に配膳している小夜子。

 そんな小夜子の作ったお弁当を前にして今にも涎が垂れ落ちそうにしている紅。

 渡された割り箸を割ることなくそのままの状態で握りしめているオータム。


「そうだ。くれない、さよこ、報告がある」


 紙コップに三人分のどくだみ茶を注いでいる小夜子が思わずその手を止めて、紅も垂れ落ちそうになっていた涎をふき取りオータムの方を振り向いた。


「むかんけいの二人をまきこんだのは、わたしの責任。だから、わたしは罰をうけた。しばらく、この教会の支部がないジャパンという国で、一人悪魔とたたかいつづける」


 今回の事件で、悪魔とは無関係であった小夜子と紅を巻き込んだのは、単にオータムの過失であった。

 希代の魔術師としての自分に過信していた部分もあったのだろう。

 初心的なミスにより、この二人を一歩間違えば死に追いやるところであり、紅に至っては一生治せない怪我を負わせてしまった。

 そんなオータムに教会が下した罰は日本への左遷である。

 エリートであった彼女は出世コースから外れてしまい、用済みとばかりに教会の支部が一つもないこの島に取り残されてしまったのだ。

 未だに割っていない割り箸を握りしめたまま、オータムは自嘲的に微笑んだが、彼女の目の前に座る二人は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、しばらくは日本にいるってことか。良かったぜ、僕さ、オータムから魔法について勉強したいって思っていたんだよね。ほら、この肩だともう剣は難しいから、今度は魔法を極めようかなって思っていた所だからさ」

「何かの任務の際に出かけるときは言って下さいね。私は戦えませんけど、お弁当は作ることが出来ますから」


 紅は三角巾にぶら下がった左腕を器用に使って割り箸を割って、小夜子はシートの上に拡げられたお弁当からおかずを小皿に取り分けて、それぞれオータムに差し出した。


「さよこ、くれない………」

「はい。割り箸は割って使うものだよ」

「口に合わなかったら、素直に言って下さいね。ちゃんと修正しますから、あ、こっちはどくだみ茶ですよ」


 渡された割り箸と、小皿とコップを受け取りオータムはどういう顔をすればよいのか分からなくなり真っ赤に染まった顔を伏せならが、小さく呟いた。


「Thank you」


 その声は秋風に揺れる落ち葉の音に掻き消されそうなほどであり、現に紅はオータムの声には気づかずに両手を合わせている。


「さ~~て、これで準備は出来たわけだな。それじゃあ、僕と長沢とオータムのこれからの友情と、あの世界から無事に戻ってこれた事を祝して………」

「月島さん、それじゃ、なんか乾杯の音頭みたい……」

「細かい事は、良いって、良いって。それじゃあ、いただきま~~~す」

「いただきます」

「……いたたきます」


 秋特有の涼しさに包まれながら、紅い月の下で出会った三人娘は、親睦を深めていく。


END



 そして、秋の物語は、冬へと続いていく。

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