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魔術師と剣士と無力な少女  作者:
秋の長夜の紅き月
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秋の長夜の紅き月 その11

秋の長夜の紅き月 その11



 ★ ★ ★ ★ ★




 オータムは小夜子の手を握りしめて必死に走っていた。

 武器も力もない二人にとって出来ることはただ、逃げることだけ、ただそれだけである。

 後ろから追ってくる悪魔は二人。

 血色の真紅石にその命を狙われ、紅と斧を持つ警官との死闘を目の辺りにした小夜子は、悪魔の恐怖をその身をもって体験している。

 走りながらでも分かるぐらいに小夜子の手が震えているのが感じられた。

 彼女を勇気づけるべくその手を握り替えそうとしたが、止めた。

 彼女が見せた、優しい夜のような朗らかな笑みを思い出したからだ。


「sayoko、ふたてに分かれる」


 震える小夜子の手を放して、オータムはその場に立ち止まった。

 いきなりの事に小夜子は立ち止まることが出来ず、そのまま前へと数歩進み、震える手を自ら握りしめ振り返ってくるが、もはや彼女は小夜子の方を見ていない。


「ほほほ。覚悟を決めたようじゃな、外人さん」


 高らかに笑い声を上げながら、老人も立ち止まった。

 その老人の手にはいつの間にか弓が握られていた。

 悪魔は皆何かしらの武器を持っている。あの弓が、老人の武器だというのだろうか。

 しかし、弓とは言うまでもないことだが、遠距離攻撃用の武器であり、丸腰のオータムが立ち向かうには分が悪すぎる。


「オータムさん。私は、戦えません。逃げることしか出来ません」

「No, sayokoは逃げることが出来る。だから、sayokoは逃げろ」


 決意の想いだけに色塗られた声が返ってきた。

 小夜子を狙うと宣言した男性の悪魔がオータムには目もくれずに横を通り過ぎる。


「っけ。俺の獲物はまだ戦う気になってくれないようだな」


 小夜子だけを見つめているその瞳に心の底から震えあがり、知らずの内に足が一歩後退していた。


「!?」


 小夜子はそのまま足をもう一歩、後ろへ下げた。

 当たり前の事だが、足が動いた。紅もいない、オータムもいない。

 だが、たった一人でも、足は動くことが出来る。


「これが、私に出来ること」


 小夜子は、一人で駆けだした。

 紅い月が浮かぶ世界で、逃げ続けた。



 ★ ★ ★ ★ ★



「はああああああ」


 武器を持たないまま、構えている琴乃に紅は斬りかかる。

 しかし、丸腰の琴乃は一寸も動かない。

”斬れる”

 幼少の頃より磨き続けてきた卓越たる感覚が、勝利を確信した。


「なっ!!」


 しかし、まるで琴乃の周りを見えないシールドが被っているよう必勝の一振りが、空中で制止してしまった。


「残念残念。その刀で斧には勝てたかもしれないけど、私の糸には勝てないんだよ~。悪あがきしないで、死んだ方が身のためだと思うんだけど、あんたも痛いの痛いの嫌いでしょう」


 琴乃が腕を動かした。

 その動きに追従し琴乃の周りを被っていた目に見えないほど細い糸が動き、まるで蛹を作る繭のごとく、紅の体に絡みつきていた。


「え~い、えい!!」


 琴乃がそのまま、紅と投げ飛ばす。

 体を締め付けられて受け身すら取ることの出来ない剣士は為す術無く左肩から地面へと激突するしかなかった。

 紅の体重に落下の加速度が乗った全衝撃を左肩で受け止めたのだ。

 いくら体を鍛えているとはいえども、無傷である訳がない。


「っくぅぅ!!!」


 肉の内側から灼熱のマグマで炙られているかのような激痛に顔を歪めずには入れない。


「あれあれ、まだ起きられるんだ。すっごい~。そのまま寝てたほうが楽に死ねたのにね~。今から10数えてあげる。その間にもう一回倒れたら、楽に殺して上げちゃうぞ~」

「ふざけるな!!」


 紅の怒濤が響き渡り、琴乃が狐につままれたように目を大きく見開く。

 左腕は肩から下を一切動かすことが出来ない。

 指先の感覚なんて話ではなく、左腕全体の感覚が無く、ただあるのは燃え上がり続ける痛みだけだった。

 紅は右腕一本で、刀を構えた。

 今すぐにここから逃げだしたいぐらいに左肩が痛いというのに、剣士は戦い続ける。


「え~。折角私がお情けをかけて上げてるのに、それを無視するの~? 良いよ~、後で殺してくださいってお願いされても絶対殺してやんなんだからね。いたぶっていたぶって、何度も何度もいたぶって上げるんだからね」

「僕はお前なんかには絶対に負けたりしない」


 琴乃の手が動いた。

 そのまるで背後からから人の首に縄をかけるような動きであった。

 紅の刀が得物が食らい付いた釣り竿をのように軽く引っ張られた。


「っく」


 咄嗟に紅は刀から手を放した。

 その直後、刀に電流が流れ、辺りに放電を放つ。見れば、刀には細い糸が無数にからみついてた。


「へえへえ。よく分かったね。折角、しびれさせて動かなくなった体を思う存分にいたぶってやろうと思ったのに、残念残念。こうなったら、本気だしちゃんだからね~」


 糸を手に、琴乃は紅を睨み付ける。


「それは僕だって一緒さ」


 紅も落ちた刀を右手で拾い上げ一振りし、炎の刃を生み出した。



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