秋の長夜の紅き月 その10
秋の長夜の紅き月 その10
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「へえ、じゃあこの真っ赤な月が出てる世界はあなたが作ったんだ」
「Yes, I did」
紅い月が浮かぶこの世界の真相を知り、紅は口笛と共に驚きの声を上げた。
一方、小夜子はあまりにも現実離れした話に、ただ目を大きく見開くことしか出来なかった。
「But、言ったけどあたし、魔力がつえない。ここで悪魔におそわれたら……」
「頼みの綱は月島さんの剣だけって事ですか」
「Yes」
オータムは紅の手元にある刀に目をやった。
紅が天性的に持っている魔力を炎に変換することが出来る、文字の通り、今のオータム達にとって最後の切り札である。
視線を刀からその持ち主である紅に向ける。
オータムと視線が会うことが分かると彼女は困ったようにはにかんだ。
今、この世界に囚われているのはオータム達三人を除いて、全て悪魔である。
人間ではない悪しき存在であり、人間を喰らう闇の住民、それが悪魔。
紅もその事は重々承知しているのだろう。だが、いかに剣術に長けていようと彼女はあくまで女子高生である。
人の姿形をした存在をその手で斬り殺す事に抵抗感を感じないはずがない。
「Damn it」
二人には聞こえないぐらいの小声で吐き捨てる。
この紅と小夜子は元々関係ない人間であり、彼女たちをこの世界に連れてきたのはすべてオータムの落ち度による物だ。
それなのに、今は彼女たちに頼るしか術がない。
蹴飛ばしたくなる程に、情けない状況であった。
「むりは、しないでいい。あたしの魔法がとければ、もう大丈夫」
「ううん。オータムさんこそ無理はしないで良いよ。困ったときはお互い様。僕の勝手なわがままで、オータムさんや長沢を殺すわけにはいかないからね」
紅は笑顔を見せた。それはこの世界に浮かぶ紅い月でさえも紅蓮の太陽に変えてしまうのではないかと思えるほどに力強く明るい笑顔だった。
紅はそっと右手を突き出した。
あまりにも突発的な行為であったため、小夜子とオータムは互いにあっけにとられてしまったが、紅の笑顔が答えを示していた。
まず、小夜子が紅の右手に、そっと自分の手を重ね合わせる。
力なんて何もないし、この現実離れした世界についていくのがやっとだが、立ち止まっていては死ぬだけだから、そっと手を重ね合い、優しい夜のような朗らかな笑みを浮かべた。
次いで遠慮がちな動作で、オータムが二人に自らの手を重ね合わせようとした瞬間、オータム達三人のものではない別の声が響き渡った。
「あれあれ。魔術師が三人いるなんて私、聞いてないよ。どういうこと?どういうこと?」
三人が咄嗟に声の発せられた方向を見つめると、一人の男性と、一人の老人、と一人の女性が、小夜子たちの方へゆっくりと歩いてきていた。
「ほほほほ。これは予想外じゃな」
「っけ。面白いじゃねえか」
彼らの姿を認めたオータムは「Damn it」と吐き捨てた。
悪魔が一人攻めてくるぐらいなら、紅の刀でも充分に太刀打ち出来たのだろうが、三人同時にやってくるとは、血色の真紅石と遭遇するのに次いで最悪な状況だ。
「オータムさん、どうするの。三人相手だと確実に僕は負けるよ」
紅は虚勢を張らない。
客観的に自分の強さと相手の強さの比較して結論を出す。
大切なのは勝つことではない、護ることだと分かっているから、彼女は自分の弱さを恥だとは思っていない。
ただ、だからこそ、負けると分かっていても、紅の月光に照らされた剣士はオータムと小夜子を守るように一歩前に踏み出した。
「あ~、あの女の子が刀をもってる~。私、あの子にきめ~たっと。二人とも邪魔しないでよ」
「ほほほほ。それなら、わしはあの金髪の外人さんを頂こうとしよう。わしは昔から外人が大嫌いでのう」
「っけ。じゃあ、俺は残り物かよ」
三対の瞳が、狩りの始まりを告げるように、各々の獲物に標的を定めた。
悪魔達が駆け出し、オータム達との距離を一気に詰める。
覚悟を決めている時間などなかった。
紅は反射的に刀を鞘から抜き出し、オータムは紅の邪魔にならないように小夜子の手を引いて、後方へと下がった。
「はああああああああああ!!」
付け焼き刃ではあるが、オータムから教わった要領で刀に魔力を注ぎ込み、炎の刃を一閃する。
「ほほほほ」
「っけ」
だが、男性と老人の悪魔は、人間外の跳躍力で、紅蓮の炎どころか、紅の頭上を高々と飛び越え、獲物のである小夜子とオータムへと走り出したのである。
「待って!」
不意をつかれた紅は慌てて二人の後を追おうとしたが、唯一残った女性の悪魔が紅の前に立ちはだかり、行く手を封じる。
「はいはい。逃げちゃだ~め。あたなの相手はこの私、琴乃がするんだからね~。あなたお名前は?」
「月島、紅」
紅は刀を構え直した。
琴乃の特徴的なツインテールの後ろでは男性と老人の悪魔から逃げる小夜子とオータムが見える。
二人を助け出すためにはこの悪魔を倒すしかないのだが、対峙しただけで彼女が一筋縄の相手ではないことを体中で感じていた。
「いけないな~。そんなに後ろのことが気になるの? 大丈夫だってすぐにあの二人とも会えるよ。あの世って所でね」
琴乃はそう言うと、武器を持つことなく紅へと向かってきた。




