呟き小説『青酸カリとオニヤンマ』
庭では一年中、何かしらの花が咲く。だから蜜蜂は常にいる。1月は椿。2月になると梅や水仙の花が咲き、紋黄蝶がくる。3月末4月初めに桜。桜が散ると蜜柑の花だ。愛らしい白い花で、そのころになると蜜蜂、紋黄蝶、紋白蝶に加えて、揚羽蝶がやってくる。――実を言うと受粉係には蠅もいたりする。
蜜柑の花が咲くころ梅の実がなる。青梅は青酸があり、「昔いた学校の校長の娘さんが食べて亡くなったんだよ」と小学生のころの担任が言っていた。青梅は野鳥も食べない。ところが芋虫は食べているではないか。人が青酸を口にすると、胃液に溶けて水素ガスを発生させ、胚細胞を壊疽させる。そこで仮説。
鳥獣と違って、芋虫は口ではなく、胴部の呼吸孔で息をする。だから胃袋で硫化水素を生成せず、安全に青梅を食べることができるのではなかろうか?
――小説『ジャン・クリストフ』の中で、主人公だったか、アントワネットとオリビエの姉弟だったか、子供時代、黄色梅をかじっていたという記述がある。青酸カリはアルカリ性なので、酸化することで中和されるのだ。たぶんそういうわけで、梅干しや梅酒の実を食べても中毒を起こさないのだろう。
(さて、宮城谷昌光先生の)小説『沙中の回廊』は、史上初、軍事科学を用いた中国・春秋時代の将軍・士会(または隋会)に焦点を当てている。その中に貴人が亡くなると土を盛った頂に植樹したという記述があった。墓に植樹する習慣は中世欧州にもある。修道院の庭の果樹は修道士の墓標。そういうわけで、家の文鳥の墓標は蜜柑だ。
(その庭の蜜柑の木だが、)5年くらい前のクリスマスに、母へ贈った鉢物を、年が明けて暖かくなったころ、庭に植えかえた。例年、小さな実をつけると決まって、野鳥が戯れたり、酷暑のために、全部落ちた。今年は、大きくなったのが10個ほど。肥料は珈琲滓のみ。飼っている文鳥が亡くなると、根本に埋めてやる。
家は、田舎町の外れの谷間にあり、山・川から、鳥やら蝶やらが飛んでくる。トンボもくる。トンボには、稀にオニヤンマがいる。知らない間に軒やら植え込みやらに巣をつくる、雀蜂とか脚長蜂を、オニヤンマは捕えて、頭からバリバリ食べてくれる。だから好きだ。庭を草ぼうぼうにするときてくれる。
お盆、画塾を兼ねたわが家に、妹夫妻と息子が線香をあげにきた。草ぼうぼうの庭について、妹夫妻は苦笑していたが、甥のハルトは直言した。「オニヤンマがくるから? 単に暑い所で、草むしりするのが嫌だからでは?」/本音を言えばそうだ。暑さ寒さも彼岸まで。お彼岸を過ぎたらやるよ。
呟き小説20210815