覚書/常磐自動車道のマヨイガ
昨今のアニメで「マヨイガ」がときたま紹介されている。「迷い家」は、山中にポツンと佇んでいる、不思議な豪邸のことだ。それが集落になると「隠れ里」となる。「迷い家」「隠れ里」は、東北・関東の伝承にあるらしい。
高橋克彦先生の著書『黄昏奇譚』(1996年)所収「隠れ里は伝説とは違う」で、柳田國男先生の著書『遠野物語』(1910年)六三、六四の「迷い家」の話を引用した上で、従来の「平家落人村伝説」を否定し、異界住人の屋敷だと主張。その上で、著者友人が患った際、入院した病院で、同室の元営林署職員に聞いた話「深い山中で奇妙な体験」を記載している。――元職員が若いとき、地図未測量エリアの山中に踏査へ行って迷ううちに、一軒家の豪邸にたどり着く。そこには大家族が住んでいて、家人たちに、豪邸のことは口外しないように脅され、里近くまで案内してもらって帰ってきたのだという。
この話、泉鏡花先生の小説『高野聖』(1900年)の舞台となる飛騨山中に佇む一軒屋にちょっと似ている。――内容は、深い森の中に、魔女とペットの青年、老下僕の三人が住む屋敷があり、訪れる旅人を寝室に誘っては魔法の水薬を飲ませ、鳥獣に変えてしまうというもの。
さて本題。
阿武隈山地を縦断する高速道路「常磐自動車道」の話題だ。自動車で、東京から仙台方面に向かう途中、福島県に入ってほどなくのところにある勿来インターと湯本インター間の山中・左手を見ると、小高い峰の上にポツンと一軒、朽ちかけた豪邸が見える。誰もが不思議に思う豪邸。これぞ「マヨイガ」か!――といいたいところだが、違う。……実をいうと屋敷のある峰からは小道が一〇mだか二〇mだか下に向かっていて、谷底平野に続いている。そこには普通の集落と田園がある。高速道路・高架からの目線でみると、麓の集落・田園が隠れているため、あたかも「マヨイガ」のように見えるのだ。つまるところは錯覚である。
峰の朽ちた豪邸については亡き父から次のように聞いている。――昔、地元の人が銀行から借金して建築したが、分不相応なもので借金が支払えず、銀行が差し押さえた。だが、辺鄙なところで買い手がつかず、荒れるに任せている物件なのだとのことだ。
追伸。
亡き父は若いとき登山家で、日本中の山を踏破していた。東北のとある山中・マタギの集落を通りかかり、蒲焼丼をご馳走になった。……「蒲焼?」と父が聞き返すと、里人は、「山鰻だよ」と答えた。集落の広場には共同釜場があり、カマドの大釜でご飯が炊かれていた。父が蓋を見ると、いくつかの孔が開いている。――実は、釜内部のご飯の上には数匹の蛇が入れてある。ご飯が炊けるころ、熱さに苦しむ蛇は、孔から首を出す。このとき里人は蛇の頭をムンズと掴んで、ヒョイと引っ張る。すると、蒸した身がほぐれ落ちて、ご飯にかかる。蓋を開け、タレと山椒粉で味付けすれば出来上がり。
余談。
平安時代の遺跡調査をしていると、「はぐれ国分」と呼ばれる、集落から外れた一軒家の跡を見つけることがある。また、奈良時代から江戸時代まで、宮崎アニメ『もののけ姫』に出てくるような「タタラ場」「山内」といった製鉄集落を見つけることもある。……こういう「タタラ場」や「山内」といった場所はかなり大仕掛けの工房施設群で、砂鉄鉱床から採取した砂鉄を、パナマ運河みたいな、仕切り板を連ねた水路に落とし、比重差で純度をクラス分けして集積所に集める。砂鉄は、木炭チップと一緒に、箱形炉・ポット形炉といった製鉄炉に、送風しながらドロドロに煮込む。これが冷えたところで製鉄炉を壊し、飴状の塊「鉄滓」を細かく割って、中にあるピカピカ光るメタル塊を取り出す。――所謂、塊錬鉄技法(タタラ製鉄)。……製鉄施設の近くには、関連施設として、「須恵器」という焼き物の窯場や、燃料となる木炭を焼く「炭焼き窯」なんかも併設されていることがあり、大変興味深い。
ノート20210911