暴落
○
「梅さん!」
「景子さん」
堅苦しい挨拶の後、ようやく二人の日本人は、再会を言葉にした。
梅は、本当に景子の無事を喜んだのだ。
そして、彼女はちゃんと梅の目を見た。
それだけで、菊がトラブルなく、彼らと別れていることが分かるのだから。
聞きたいことは、たくさんある。
屋敷の中にいる間、梅はたくさんの知識を頭に入れた。
同じ間、景子は世界を肌で知ったのだ。
梅とは違う、本物の体験。
それを、彼女は吸いたがっていた。
晩餐までの時間、夫人に暇をもらっていたおかげで、梅は彼女を自室に引き込むことが出来たのだ。
今夜は、この部屋に泊まってもらうつもりだった。
要するに、梅はとても浮かれてしまっていたのだ。
「菊さんは……」
最初に話し始めたのは、彼女の相方に関するもの。
しかし。
その話ときたら。
「あはは……やだ、菊にバレちゃったのね」
笑い話以外の、何物でもなかった。
まさかまさかのアルテンが、彼女の話に登場していたのである。
しかも、梅に叩き出されたことまでお見通しとくるから、笑わずにいられない。
「ああ、よかったわ……菊が預かってくれたんなら一安心だもの」
菊の性格は、よく把握しているつもりだ。
梅の尻拭いのためだけに、アルテンを預かるような気性ではない。
ということは、何か菊の琴線に触れるものでもあったのだろう。
しかし、同時にアルテンに、同情しそうになったのだ。
あの菊に、気に入られてしまったのだから。
さぞや。
さぞや、いい男にされるに違いない。
菊は、剣術道場少年部の師範代なのだ。
少年たちが、最初に徹底的に鍛えられるのは――精神的な部分なのだから。
※
楽しい時間は、あっという間だ。
すぐに、晩餐の支度をするよう、先触れがきてしまう。
梅は、景子に新しい衣裳を用意しようとした。
「あ、いえ……私は」
しかし、彼女は遠慮する。
最初、遠慮しているのは、衣裳のことかと思ったのだ。
しかし、そうではなくて、晩餐そのものへの参加を遠慮していると分かった。
「ダイさんも、シャンデルさんも出ませんから」
そう言った景子に、梅は悲しささえ覚えた。
この旅は、たくさんの知識を彼女にもたらしたのだ。
それで、自分はあの席に座ってはならないと――そう知ったのである。
同時に、梅はイデアメリトスの子とやらに、がっかりもしたのだ。
彼が、大きくなっていた事実は、イエンタラスー夫人に聞いていたので驚かずに済んでいた。
しかし、同時に安心していたのだ。
あの小さい姿が、仮初めのものだったと言うのならば、きっと景子とのことも、よい方に転がるに違いない、と。
なのに、だ。
景子は、彼に対して小さくなっている。
一体、彼女をどんな風に扱っていたのか。
短い時間ではあったが、彼ならばと見込んで、景子たちを送り出したと言うのに。
「景子さん……今夜は、是非私の客人として出席して下さい」
梅は、深く深く懇願した。
そうしたら。
景子は、その目にじわっと涙さえ浮かべたのだ。
「う、梅さん……わ、私……ここに残っちゃダメ……かなあ?」
しょんぼりしてゆく、小さい肩。
ああ。
イデアメリトスが、どれほどのものというのか。
梅は、怒っていた。
彼女らの恩人であり、日本人の良心で出来たような景子を、こんな風に追い詰めるなんて。
見損ないましたわ。
梅の中で、イデアメリトスの株が暴落していったのだった。




