おとぎばなし
☆
「シャンデル……イデアメリトスのおとぎ話って、知ってます?」
宿にありついた夜。
景子は、同室になった彼女に、そう聞いてみた。
扉や壁が、女二人を隔離してくれているから、聞ける話でもある。
農村のおばさんが、言っていた言葉を、ふと思い出したのだ。
「……知っているわ。それが、何か?」
シャンデルは、なかなか景子に心を開いてはくれない。
立場の上下に、厳しい社会で育ったのだろう。
下に見ている景子とは、仲良くするという概念がないように思えた。
「よかったら、教えてくれませんか?」
「別に……よいけど」
下手に出る彼女に、シャンデルは微妙な口調で応じてくれる。
そして、昔話が始まった。
「昔、この国には戦いが溢れていて……」
小さい国しか出来ず、それらはお互いにつぶしあっていたという。
そこへ、初代のイデアメリトスが彗星のように現われる。
彼は、太陽の化身と呼ばれ、不思議な力を使い、次々と国を大きくして行った。
長く長く編んだ髪を持ち、彼が数本の毛を引きちぎるだけで、大水が起こり、炎が燃え盛り、雷鳴が轟いた。
イデアメリトスは、11人の賢者と7人の子供を引き連れ、国を一つにしたのだ。
不思議なことに、彼は年を取らなかった。
しかし、国が戦から立ち直り、初代の賢者がすべて死に、末の息子が自分の世継ぎにふさわしいと見るや、捧櫛の神殿を建てたのである。
末の息子に、二人の男の供だけを連れ、都からはるばる神殿に旅をさせた。
イデアメリトスも、旅立ちの時は二人の供しかいなかったからだ。
息子が無事、神殿への旅を成し遂げたのを見守ったイデアメリトスは、息子に跡目を譲り、その祭壇で髪を切った。
かくしてイデアメリトスは、そこで太陽に召されたのである。
長く長く伸ばされた髪は、いまだ神殿に収められ、次代のイデアメリトスの成人を見守っているという。
これが、この国の始まりであり――イデアメリトスの血の始まりだった。
※
「だから、こんな旅をするんだ……」
おとぎ話と言うよりは、脚色された歴史だった。
イデアメリトスの血を持つと、不思議な力が使え、髪を伸ばせば成長が遅くなる。
アディマは、子供の頃から伸ばしたために、小さいままだった。
初代は、人の一生以上を生きてから髪を切ったために、その瞬間に死んだのだろうか。
「あなたも、イデアメリトスの御方の力を見たでしょ?」
何も知らない景子に呆れながら、シャンデルは言い放つ。
「お、大きくなった……こと?」
それくらいしか心当たりがなく、景子はおそるおそる聞いてみた。
「そうではなくて、あなたが愚かにも、獣に追い回されていた時よ! イデアメリトスの御方自らが、魔法であなたを救ってくださったじゃない!」
どうして、それを最初に思い出さないのかと、シャンデルは苛立っているようだった。
獣!?
景子は、あっと自分の口を押さえた。
あの時。
獣に山道で追い回された時。
何故か、獣は勝手に転げ落ちて行ったのだ。
「神殿に行くまで、たった一度しか使ってはならない魔法を、お使いになられてまで、あなたを救って下さったと言うのに!」
あ、あ、あ!
シャンデルの声が、景子の胃袋を掴み上げる。
すべて、つながったのだ。
あの時、リサーが何故あんなに怒っていたのか。
そして。
何故、二人に出ていけと行ったのか。
ただの一度、許された魔法を、景子ごときに使ってしまったのだから。
それは……怒るわ、出ていけと言われるわ。
景子は、リサーの気持ちが分かり過ぎて、ずしーんと頭が重くなった。
もっとひどいピンチになった時、魔法が使えずに旅が失敗したら――彼女をいくら恨んでも足りなかっただろう。
この恩は、それこそ一生かかっても返しきれない気がしてくる。
ああ。
突然に気づいた自分の負債の大きさに、景子はめまいがしたのだった。




