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おとぎばなし

「シャンデル……イデアメリトスのおとぎ話って、知ってます?」


 宿にありついた夜。


 景子は、同室になった彼女に、そう聞いてみた。


 扉や壁が、女二人を隔離してくれているから、聞ける話でもある。


 農村のおばさんが、言っていた言葉を、ふと思い出したのだ。


「……知っているわ。それが、何か?」


 シャンデルは、なかなか景子に心を開いてはくれない。


 立場の上下に、厳しい社会で育ったのだろう。


 下に見ている景子とは、仲良くするという概念がないように思えた。


「よかったら、教えてくれませんか?」


「別に……よいけど」


 下手に出る彼女に、シャンデルは微妙な口調で応じてくれる。


 そして、昔話が始まった。


「昔、この国には戦いが溢れていて……」


 小さい国しか出来ず、それらはお互いにつぶしあっていたという。


 そこへ、初代のイデアメリトスが彗星のように現われる。


 彼は、太陽の化身と呼ばれ、不思議な力を使い、次々と国を大きくして行った。


 長く長く編んだ髪を持ち、彼が数本の毛を引きちぎるだけで、大水が起こり、炎が燃え盛り、雷鳴が轟いた。


 イデアメリトスは、11人の賢者と7人の子供を引き連れ、国を一つにしたのだ。


 不思議なことに、彼は年を取らなかった。


 しかし、国が戦から立ち直り、初代の賢者がすべて死に、末の息子が自分の世継ぎにふさわしいと見るや、捧櫛の神殿を建てたのである。


 末の息子に、二人の男の供だけを連れ、都からはるばる神殿に旅をさせた。


 イデアメリトスも、旅立ちの時は二人の供しかいなかったからだ。


 息子が無事、神殿への旅を成し遂げたのを見守ったイデアメリトスは、息子に跡目を譲り、その祭壇で髪を切った。


 かくしてイデアメリトスは、そこで太陽に召されたのである。


 長く長く伸ばされた髪は、いまだ神殿に収められ、次代のイデアメリトスの成人を見守っているという。


 これが、この国の始まりであり――イデアメリトスの血の始まりだった。



 ※



「だから、こんな旅をするんだ……」


 おとぎ話と言うよりは、脚色された歴史だった。


 イデアメリトスの血を持つと、不思議な力が使え、髪を伸ばせば成長が遅くなる。


 アディマは、子供の頃から伸ばしたために、小さいままだった。


 初代は、人の一生以上を生きてから髪を切ったために、その瞬間に死んだのだろうか。


「あなたも、イデアメリトスの御方の力を見たでしょ?」


 何も知らない景子に呆れながら、シャンデルは言い放つ。


「お、大きくなった……こと?」


 それくらいしか心当たりがなく、景子はおそるおそる聞いてみた。


「そうではなくて、あなたが愚かにも、獣に追い回されていた時よ! イデアメリトスの御方自らが、魔法であなたを救ってくださったじゃない!」


 どうして、それを最初に思い出さないのかと、シャンデルは苛立っているようだった。


 獣!?


 景子は、あっと自分の口を押さえた。


 あの時。


 獣に山道で追い回された時。


 何故か、獣は勝手に転げ落ちて行ったのだ。


「神殿に行くまで、たった一度しか使ってはならない魔法を、お使いになられてまで、あなたを救って下さったと言うのに!」


 あ、あ、あ!


 シャンデルの声が、景子の胃袋を掴み上げる。


 すべて、つながったのだ。


 あの時、リサーが何故あんなに怒っていたのか。


 そして。


 何故、二人に出ていけと行ったのか。


 ただの一度、許された魔法を、景子ごときに使ってしまったのだから。


 それは……怒るわ、出ていけと言われるわ。


 景子は、リサーの気持ちが分かり過ぎて、ずしーんと頭が重くなった。


 もっとひどいピンチになった時、魔法が使えずに旅が失敗したら――彼女をいくら恨んでも足りなかっただろう。


 この恩は、それこそ一生かかっても返しきれない気がしてくる。


 ああ。


 突然に気づいた自分の負債の大きさに、景子はめまいがしたのだった。



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