おかえり
☆
アディマと再会した時、彼は一度景子の後ろを見た。
そして、彼女の顔を見た。
「おかえり……いろいろあったようだね」
ねぎらいの彼の声が、心にしみてゆく。
はぁ。
そこでやっと、景子は大きな息を洩らしたのだ。
これまで、菊がいないことに慣れようと一生懸命だった。
その肩の力が、抜け落ちたのである。
そうしたら、ようやく気付くことが出来た。
アディマの後ろに控えていたダイが、景子の後ろの空間を見ているのを。
そして、彼は一度目を閉じた。
次に開かれた時、ダイの目はもうアディマに向けられていて。
彼もまた、菊の不在を個人的に残念に思ったのだろうか。
「我が君……穀倉地帯の収穫を上げるかもしれない方法は、しかとこの目に焼き付けて参りました」
リサーの報告が始まったのを横に聞きながら、景子はこっそりダイの側面に回る。
アディマの、斜め後ろだ。
「菊さん……ダイさんによろしくって」
リサーの邪魔をしないように、小声で囁く。
そうしたら。
ダイは、少しだけ笑った。
苦みが混じっている笑み。
言葉ではないそれを、うまく翻訳は出来ないが、『何がよろしくだ』と、あきれているように感じた。
「よくやってくれたね、リサードリエック。それと……ケイコも」
ねぎらわれて、リサーは満足そうだった。
斜め後ろの景子は、突然自分の名前が出て驚いて、あたふたしてしまったが。
それに、いま。
あれ?
何か、違和感を感じた。
アディマの言葉の中に、何か違うものが入っていた気がするのだ。
ささいな、間違い探しのような。
一度、アディマを見て。
それから、考え込もうとして――すぐに気付いて、彼を二度見してしまった。
さ、さっき。
「どうかしたかい、ケイコ?」
彼女の視線に、不思議そうなアディマ。
ま、間違いない。
彼は、はっきりと『ケイコ』と発音していたのだ。
『ケーコ』ではなく――
※
「名前……」
再び、アディマとの旅が始まってから、景子は出来るだけさりげなく、彼に聞いてみた。
「名前……呼び方変わったのね……」
丘の上。
今夜の野宿は、ここだった。
満点の星と、不吉な黒い三日月が昇る空。
「ああ……退屈だったからね、待っている間」
唇の中で、アディマは小さく『ケイコ』と呟く。
聞いているだけで、恥ずかしくなった。
そっか。
彼女が、リサーたちと村に行っている間、アディマは領主の屋敷に滞在していたのだ。
ただ待つ、というのも退屈だったのだろう。
暇つぶしとは言え、彼が景子の名前の練習をしてくれたかと思うと、恐縮だった。
「あ……名前……」
そこで、景子はハタと気づいた。
「私、アディマって呼んでるけど……それ、失礼なことなんじゃ……ない?」
言葉が分からない時は、それで許されたかもしれない。
しかし、彼がすごい身分だと分かった今は、改めなければならない気がした。
何しろ、他の誰一人として、『アディマ』と呼ばないのだから。
菊でさえ、知っていても呼ばなかったではないか。
「ケイコは、私の従者でもなんでもないから、好きに呼んでかまわないよ」
クスクスと笑うアディマに、景子の方が困ってしまう。
「でも、本当は『イデアメリトスの御方』、とか呼ばないとダメなんじゃ……」
言いながら、景子はしょんぼりしてきた。
自分の言葉に、自分で落ち込んでしまったというか。
壮絶な距離感を感じたのだ。
「ケイコにとって、イデアメリトスなんて、何の意味のないものだろう?」
笑いながらそんなことを言うものだから、聞き耳を立てていたリサーが目をひんむいた。
「そんな……」
「それに」
景子の言葉に、アディマが声をかぶせてくる。
「それに……ケイコだって、『魔法』が使えるだろう?」
耳元で。
最近覚えた言葉が――囁かれた。




