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おかえり

 アディマと再会した時、彼は一度景子の後ろを見た。


 そして、彼女の顔を見た。


「おかえり……いろいろあったようだね」


 ねぎらいの彼の声が、心にしみてゆく。


 はぁ。


 そこでやっと、景子は大きな息を洩らしたのだ。


 これまで、菊がいないことに慣れようと一生懸命だった。


 その肩の力が、抜け落ちたのである。


 そうしたら、ようやく気付くことが出来た。


 アディマの後ろに控えていたダイが、景子の後ろの空間を見ているのを。


 そして、彼は一度目を閉じた。


 次に開かれた時、ダイの目はもうアディマに向けられていて。


 彼もまた、菊の不在を個人的に残念に思ったのだろうか。


「我が君……穀倉地帯の収穫を上げるかもしれない方法は、しかとこの目に焼き付けて参りました」


 リサーの報告が始まったのを横に聞きながら、景子はこっそりダイの側面に回る。


 アディマの、斜め後ろだ。


「菊さん……ダイさんによろしくって」


 リサーの邪魔をしないように、小声で囁く。


 そうしたら。


 ダイは、少しだけ笑った。


 苦みが混じっている笑み。


 言葉ではないそれを、うまく翻訳は出来ないが、『何がよろしくだ』と、あきれているように感じた。


「よくやってくれたね、リサードリエック。それと……ケイコも」


 ねぎらわれて、リサーは満足そうだった。


 斜め後ろの景子は、突然自分の名前が出て驚いて、あたふたしてしまったが。


 それに、いま。


 あれ?


 何か、違和感を感じた。


 アディマの言葉の中に、何か違うものが入っていた気がするのだ。


 ささいな、間違い探しのような。


 一度、アディマを見て。


 それから、考え込もうとして――すぐに気付いて、彼を二度見してしまった。


 さ、さっき。


「どうかしたかい、ケイコ?」


 彼女の視線に、不思議そうなアディマ。


 ま、間違いない。


 彼は、はっきりと『ケイコ』と発音していたのだ。


『ケーコ』ではなく――



 ※



「名前……」


 再び、アディマとの旅が始まってから、景子は出来るだけさりげなく、彼に聞いてみた。


「名前……呼び方変わったのね……」


 丘の上。


 今夜の野宿は、ここだった。


 満点の星と、不吉な黒い三日月が昇る空。


「ああ……退屈だったからね、待っている間」


 唇の中で、アディマは小さく『ケイコ』と呟く。


 聞いているだけで、恥ずかしくなった。


 そっか。


 彼女が、リサーたちと村に行っている間、アディマは領主の屋敷に滞在していたのだ。


 ただ待つ、というのも退屈だったのだろう。


 暇つぶしとは言え、彼が景子の名前の練習をしてくれたかと思うと、恐縮だった。


「あ……名前……」


 そこで、景子はハタと気づいた。


「私、アディマって呼んでるけど……それ、失礼なことなんじゃ……ない?」


 言葉が分からない時は、それで許されたかもしれない。


 しかし、彼がすごい身分だと分かった今は、改めなければならない気がした。


 何しろ、他の誰一人として、『アディマ』と呼ばないのだから。


 菊でさえ、知っていても呼ばなかったではないか。


「ケイコは、私の従者でもなんでもないから、好きに呼んでかまわないよ」


 クスクスと笑うアディマに、景子の方が困ってしまう。


「でも、本当は『イデアメリトスの御方』、とか呼ばないとダメなんじゃ……」


 言いながら、景子はしょんぼりしてきた。


 自分の言葉に、自分で落ち込んでしまったというか。


 壮絶な距離感を感じたのだ。


「ケイコにとって、イデアメリトスなんて、何の意味のないものだろう?」


 笑いながらそんなことを言うものだから、聞き耳を立てていたリサーが目をひんむいた。


「そんな……」


「それに」


 景子の言葉に、アディマが声をかぶせてくる。


「それに……ケイコだって、『魔法』が使えるだろう?」


 耳元で。


 最近覚えた言葉が――囁かれた。

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