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対峙

 大勢の人に見送られて、三人は村を後にした。


 このまま、北の街道に戻れば、アディマたちの待つ町に近いという。


 リサーの雰囲気が──少しだけ変わった。


 村に向かう時まで、棘だらけだった気配が、軟化しているのだ。


 畑の土が、彼をそうさせたのだろうか。


 とりあえず、景子には利用価値くらいはあると、認識してくれたようで。


 その程度の待遇改善でも、景子にとってはありたがたかったが。


 事件が起きたのは、次の夜のことだった。


「……!」


 焚き火のそばで、マントにくるまって野宿をしようとしていた時、菊が突然、刀を握って身構えたのである。


 瞬間、リサーも景子も緊張した。


 菊の行動は、何かがそう遠くないところにいる、ということだ。


 景子は、目をこらした。


 光る周囲の植物の、ずっとずっと向こうに、ひとつ別の光が見える。


 その歩きは、おぼつかなく──よろけるように、こちらに向かってくるではないか。


「誰かいるのか?」


 声を出したのは、向こうの方だった。


 男の声だが、敵意などない。


 それどころか、情けないほど疲れ果てている声。


 夜道で、迷ってしまったのだろうか。


 火をのあかりを頼りに、歩いてきたようだ。


 菊は、完全に警戒をやめたわけではないが、とりあえず臨戦態勢は解いた。


「旅の者だ……そちらは、この辺りの方か?」


 焚き火に照らされる男を見て、リサーがゆっくりと問いかける。


「ああ……私も旅の途中だ……いたた、馬に放り出されて……」


 彼は、火を見て本当に安心したように、側に座り込んだ。


 言葉遣いは綺麗だし、服も随分汚れてはいるが上等なもののようである。


 その上、男だが髪を長く伸ばしている。


 だからこそ、リサーも丁寧な言葉で問いかけたのだ。


 しかし、何の許可も取らず、火の側に座り込む辺り、疲れていることを引いても厚かましかった。


「ああ……何で私は、捧櫛の神殿などに行く気になったんだ……あの女……あの女が悪いんだ」


 三人の旅人を置いてけぼりに、身分の良さげな男はブツブツと不満を洩らしたのだった。



 ※



「名のある方とお見受けしましたが」


 自分の世界に入りこんだ男に、リサーは咳払いをしてから語り掛けた。


 それに、彼は素早く反応する。


「そうだとも! 私こそ西北の領主の世継だ」


 アルテンなんとかと名乗った男は、よく見るとまだ若い。


 領主の息子さんなのに、頑張るんだなあと、景子は感心していた。


「ああ、イエンタラスー夫人の北の……」


 だが、聞き覚えのある名前が出て、驚いたのだ。


 菊も、ぴくりとそれに反応する。


「イエンタラスー夫人って……梅さんがいる?」


 知っている名前に嬉しくなって、景子はリサーに確認をしようとした。


 だが、それは――地雷だった。


 向けられたアルテンの顔は、怒りで満ちあふれていたからである。


「ウメ! お前らは、ウメを知っているのか!?」


 立ち上がった青年の勢いに、景子はひっくり返りそうになった。


「知ってるよ。うちの『女』だ」


 横から、菊が現地語で答える。


 だが、言葉を間違っていた。


 姉か妹か、そんな言葉を言いたかったのだろうが、おそらく知らなかったのだ。


「はっ、もう相手がいたのか! しかも、こんなみすぼらしい平民か!」


 勘違いしたアルテンは、矛先を景子から菊へと移した。


 早口過ぎて、景子でさえ聞き取るのが精一杯。


 菊には、半分も伝わっていないだろう。


 冷ややかに、彼女はアルテンを見ていた。


 そして、こう言ったのだ。


「なるほど……お前は、梅に叩き出されたんだな」


 日本語で。


「おのれ……!」


 意味は分からなくても、バカにされたと思ったのだろう。


 なんと。


 アルテンは、腰の小剣を抜いたのだ。


 菊は、それをなお冷ややかに見つめた。


「き、菊さんっ!」


 勿論、菊を心配した。


 だが同時に、相手が斬り捨てられる心配もしたのだった。

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