対峙
☆
大勢の人に見送られて、三人は村を後にした。
このまま、北の街道に戻れば、アディマたちの待つ町に近いという。
リサーの雰囲気が──少しだけ変わった。
村に向かう時まで、棘だらけだった気配が、軟化しているのだ。
畑の土が、彼をそうさせたのだろうか。
とりあえず、景子には利用価値くらいはあると、認識してくれたようで。
その程度の待遇改善でも、景子にとってはありたがたかったが。
事件が起きたのは、次の夜のことだった。
「……!」
焚き火のそばで、マントにくるまって野宿をしようとしていた時、菊が突然、刀を握って身構えたのである。
瞬間、リサーも景子も緊張した。
菊の行動は、何かがそう遠くないところにいる、ということだ。
景子は、目をこらした。
光る周囲の植物の、ずっとずっと向こうに、ひとつ別の光が見える。
その歩きは、おぼつかなく──よろけるように、こちらに向かってくるではないか。
「誰かいるのか?」
声を出したのは、向こうの方だった。
男の声だが、敵意などない。
それどころか、情けないほど疲れ果てている声。
夜道で、迷ってしまったのだろうか。
火をのあかりを頼りに、歩いてきたようだ。
菊は、完全に警戒をやめたわけではないが、とりあえず臨戦態勢は解いた。
「旅の者だ……そちらは、この辺りの方か?」
焚き火に照らされる男を見て、リサーがゆっくりと問いかける。
「ああ……私も旅の途中だ……いたた、馬に放り出されて……」
彼は、火を見て本当に安心したように、側に座り込んだ。
言葉遣いは綺麗だし、服も随分汚れてはいるが上等なもののようである。
その上、男だが髪を長く伸ばしている。
だからこそ、リサーも丁寧な言葉で問いかけたのだ。
しかし、何の許可も取らず、火の側に座り込む辺り、疲れていることを引いても厚かましかった。
「ああ……何で私は、捧櫛の神殿などに行く気になったんだ……あの女……あの女が悪いんだ」
三人の旅人を置いてけぼりに、身分の良さげな男はブツブツと不満を洩らしたのだった。
※
「名のある方とお見受けしましたが」
自分の世界に入りこんだ男に、リサーは咳払いをしてから語り掛けた。
それに、彼は素早く反応する。
「そうだとも! 私こそ西北の領主の世継だ」
アルテンなんとかと名乗った男は、よく見るとまだ若い。
領主の息子さんなのに、頑張るんだなあと、景子は感心していた。
「ああ、イエンタラスー夫人の北の……」
だが、聞き覚えのある名前が出て、驚いたのだ。
菊も、ぴくりとそれに反応する。
「イエンタラスー夫人って……梅さんがいる?」
知っている名前に嬉しくなって、景子はリサーに確認をしようとした。
だが、それは――地雷だった。
向けられたアルテンの顔は、怒りで満ちあふれていたからである。
「ウメ! お前らは、ウメを知っているのか!?」
立ち上がった青年の勢いに、景子はひっくり返りそうになった。
「知ってるよ。うちの『女』だ」
横から、菊が現地語で答える。
だが、言葉を間違っていた。
姉か妹か、そんな言葉を言いたかったのだろうが、おそらく知らなかったのだ。
「はっ、もう相手がいたのか! しかも、こんなみすぼらしい平民か!」
勘違いしたアルテンは、矛先を景子から菊へと移した。
早口過ぎて、景子でさえ聞き取るのが精一杯。
菊には、半分も伝わっていないだろう。
冷ややかに、彼女はアルテンを見ていた。
そして、こう言ったのだ。
「なるほど……お前は、梅に叩き出されたんだな」
日本語で。
「おのれ……!」
意味は分からなくても、バカにされたと思ったのだろう。
なんと。
アルテンは、腰の小剣を抜いたのだ。
菊は、それをなお冷ややかに見つめた。
「き、菊さんっ!」
勿論、菊を心配した。
だが同時に、相手が斬り捨てられる心配もしたのだった。




