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リサーの手

 村は──祭りになって、しまった。


 景子は、一番いい席に座らされ、死ぬほど居心地の悪い気分を味わわされる。


 さっきから、リサーが下座から睨んでいる気がするのは、やっぱりこの席次のせいだろうか。


 彼の方を見ないようにしながら、景子は戸惑いながらもてなしを受けるだけだ。


「最初は、頭のおかしな娘が来たと思っちまったよ……悪かったなあ」


 無愛想だった髭のおじさんが、ぼそぼそと隣で呟いた。


 あ、あは。


 景子は、苦笑しながら彼の正直な言葉に耳を傾ける。


 そうしている内に、村人がどんどん寄ってきて、うちの畑もと言い出してきた。


 しかし、既に実りはピークに近い。


 今更、増やすことなど無理な話だ。


 次の実りを、信じてもらうしかない。


 話を聞くと、豆と穀物を交互に植えるのは、この村では難しいらしい。


 豆は、税として収められないというのだ。


 なので、豆の作付面積の方が、圧倒的に少なかった。


 そうなんだ。


 刈り入れが終わったら、水を張って数日間放置。


 その後、水を抜いてから、貯めておいてもらった豆の枯れ草を畑に入れて耕してほしい──いま出来る助言は、そんなところだった。


 村長と呼ばれる人が出てきて、絶対にその通りにすると誓ってくれる。


 いや、そ、そこまで誓わなくてもいいから。


 自分を見る目が違いすぎて、景子は困ってしまった。


 この知識は、いわばズルっこの知識なのだから。


 多くの祖先が、沢山の失敗や技術の発展で手に入れた、蓄積されたもの。


 それを、景子はパクンと丸呑みしたに過ぎない。


 逆に。


 この村で、彼女が大失敗をしていたならば、今頃、石を投げられて追われていたかもしれないのに。


 ふと、昔のいやな記憶がよみがえりかけて、景子はそれにふたをした。


 お天道様の目がなければ、ここで一晩で結論を出すことは出来なかっただろう。


 しかし、それは日本では、彼女に恩恵を与えてくれるばかりではなかったのだ。


 ただ、いまだけは。


 この目に──感謝をしたかった。



 ※



 夜。


 ようやく祭りは落ち着いて、景子はおばさんの家へと向かった。


 おばさんは、始終上機嫌で、小さい家をまるごと彼女らに提供してくれたのだ。


 旦那を早く亡くしていて、息子は一人いるが、19歳でちょうど旅に出ているという。


 今日は、兄のところに泊めてもらうと、彼女は出て行った。


「見事だね」


 小さい食卓の椅子に腰掛けながら、菊は目を細めながら景子を見る。


 この手品のタネは、彼女にはバレているので、「そんな」と恥ずかしくなってうつむいた。


 日本人だったから。


 植物に携わる仕事をしていたから。


 そんな景子の恥ずかしさを、もう一人理解してくれない人がいた。


「質問に答えてもらおうか……」


 リサーだ。


 彼女は、びくぅっと飛び跳ねる。


 尋問されるかと、思ったのだ。


 それくらい、上から目線の言葉だったのである。


 菊が、無粋だなとでも言いたげに、眉間を寄せた。


 言葉が全部分からなくても、語気などで伝わることもあるのだろう。


「何故、畑を水で満たす必要があるんだ?」


 しかし。


 彼の聞いてきたものは、尋問ではなく──疑問だった。


「何故、豆類の枯れ草を畑にまくんだ?」


 リサーは、彼女の言葉の理屈を知りたがっているのだ。


 あー。


 最初にここに来た時、景子はうまくしゃべれないまま、微生物の話を一生懸命しようとした。


 だが、その微生物の話を、彼にしてしまえば、こう聞かれるだろう。


『どうして、お前にそれが見えるんだ?』と。


 証明するには、顕微鏡がいるのだ。


「同じ植物を、同じ畑に続けて植え続けると……だんだん土が弱るの」


 景子は、その話を避けながら、とつとつと説明を始めた。


「豆の枯れ草をすき込むのは、違う種類の植物だから……土に違う栄養が入って……」


 そこまでは、何とか説明できた。


 しかし、水を張るのは、偏った微生物を窒息させるため。


「水は……ええと……昔からそう言われてるから、何でかよく分からないの」


 菊が、言葉を全部分からないのをいいことに、景子はそんな風にとぼけたのだった。



 ※



 翌朝。


 おばさんに起こされた時、リサーは家にはいなかった。


 菊と二人で外に出ると、彼は既に畑にいたのだ。


 おじさんの素晴らしい畑と、他の畑を何度も何度も往復して、実の詰まり具合を確認している。


 うなったりひねったり、ついには、あのリサーが──地面にはいつくばったのだ。


「……!!」


 それには、景子が悲鳴をあげそうになった。


「おー……やるねぇ」


 菊ときたら、本当に感心した声をあげる。


「な、何をしてるんですか!」


 感心している場合ではない。


 景子は、駆け寄りながらリサーを立たせようとした。


「土を、見ている。お前には見えて、私には見えていないものがあるのだろう? それを探している……邪魔をするな」


 彼は、真剣そのものだった。


 この謎を解明していくことこそ、アディマのためになる。


 そう信じている目だ。


 真面目なんだなあ。


 リサーは、本当にアディマのため──ひいては、国のために頑張ろうとしている。


 そのためなら、こんなメガネの女についても行くし、地面にも這いつくばるのだ。


 景子も、彼の側にしゃがむ。


 そして、土に手を突っ込んだ。


 土を持ち上げて、手の中で崩して見せる。


 おじさんの畑の土は、水をよく含んでいるのに、中はとても温かい。


 たくさんの微生物が、活発に活動している証拠だ。


 そんな景子の動きに、リサーはハッとした。


 手が汚れるのも気にせず、彼も同じように土を握る。


 その手のまま、他の畑へと向かい、もう一つの手で土を握ったのだ。


「……!」


 両手を汚した男は、土の違いを身体で理解したのである。


 そのまま立ち尽くす彼を、景子も菊も辛抱強く待ち続けたのだった。

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