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魔法

 居心地の悪い旅路になった。


 景子に菊──そしてリサー。


 そんな三人で旅をすることになるなんて、誰が予想できただろう。


 アディマ、大丈夫かなあ。


 落ち着かない空気を吸いながら、景子は別れた彼のことを心配した。


 ダイがいるので、ちょっとやそっとのことは大丈夫だろうが、シャンデルもいるのだ。


 いくらダイでも、同時に二人を守るのは大変ではないだろうか。


 そんな話を、菊にぽつりとしたら。


 彼女は、ちょっと考え込んだ後。


「まあ、問題ないと思うよ」


 そう、薄く笑ったのだ。


「若さんは、景子が思うほどひ弱じゃないってことさ」


 付け足された言葉には、顔が赤くなってしまった。


 アディマが小さい頃の印象を、まだ完全には拭えずにいることを、菊に見透かされた気がしたのだ。


「よその国の言葉で話すな……不快だ」


 リサーの棘のある言葉に、景子はぴたっと口を閉ざす。


 閉ざさないのは──菊だ。


「同じ船に乗ってる間くらいは、協力的であろうと思わないのかな……この男は」


 堂々たる日本語。


 それに、リサーは睨みをきかすが、菊はまったくこたえていない。


 あ、あの、あんまり、ケンカは……。


 彼が、一方的にムキになっているのは、分かっている。


 しかし、彼だってこんなアクシデントは想定外で、どうしたらいいのか分かっていないのだ。


「す、すみません……面倒なことに巻き込んでしまって」


 景子は、小さくなりながら言葉をかけた。


 本当なら、いますぐアディマの元へ帰してあげたかったし、本人も帰りたくてしょうがないだろう。


「私は、私のためにここにいる。妙な気は遣うな!」


 ピッシィ。


 鞭を振るうようにしなる言葉に、景子はその場で踏みとどまれた自分をほめたいほどだった。


 ただ。


 リサーはリサーで、大きな何かを背負おうとしている自分を、ちゃんと知っていた。


 あのアディマから離れることを、ついには決意したのだから。



 ※



 村に到着した時。


 行きとは、逆方向から入ったために、景子はあの畑をすぐに見られないことを、とてももどかしく思った。


 畑は、村の反対側にあるのだ。


 足元に、火がついたように落ち着かなくなる。


 早く見に行きたくて、しょうがなかった。


「荷物、預かるよ」


 菊が、片手を差し出してくれる。


 どこへ行きたがっているかなど、もはやお見通しなのだ。


 たすき掛けに背負っていた荷物を、景子は首から抜いて菊に託す。


「じゃあ、ちょっと行ってくる!」


 ずっと歩いていたのに、彼女の足はまだ言うことを聞いてくれた。


 駆け出せたのだ。


「お、おい……」


 状況を呑み込めないリサーが、景子に何か言いかけた気がした。


 しかし、既に走り出した彼女の耳には、遠くに消えてゆく風に過ぎない。


 振り返る村人を後ろに送りながら、村を駆け抜けてゆく。


 そして。


 ザァっと。


 金色の穂が、光り輝き、風にうなりをあげている畑を見たのだ。


「……!」


 景子は、足を止め──それを見入るしか出来なかった。


 どこよりも重く、ずっしりと頭を垂れるその穀物の姿は、景子の目を奪ったのだから。


 開花の前に、即席の土壌改良が間に合ったおかげだろうか。


 美しいほどの光を、それは放っていた。


 ひとしきり、その光景を目に焼き付けた後。


 景子は、再び畑の土にはいつくばった。


 手が汚れるのも気にせず、土を掘り返す。


 生きてる。


 ちゃんと生きてる。


 確認する度に、景子は幸せでいっぱいになった。


 だから。


 追いついた菊が笑い、リサーがそんな彼女のみっともない姿にあきれていたとしても──まったく気づかなかったのだ。



 ※



「ケーコ!」


 彼女を最初に呼んでくれた村人は、あのおばさんだった。


 たまたま畑を通りかかったのか、はたまた誰かが景子たちの再訪を教えたのか、おばさんは這いつくばる景子に向かって駆けてくる。


 名前も、ちゃんと覚えていてくれたようだ。


「おばさん!」


 景子も駆け寄りたかったが、すでに両手は泥で汚れているため、ついためらってしまった。


 ためらわなかったのは──おばさんの方。


 両手を伸ばし、いきなり彼女をぎゅうぎゅうに抱きすくめたのだ。


「ケーコ! あんたすごいよ! あの兄さんが、この穂の重みに、腰を抜かしそうになったんだから!」


 農婦の力は、非常に強い。


 その腕にぎゅうぎゅうにされてしまうと、景子の方が背が低いために窒息してしまいそうになる。


「どんな──を使ったんだい? ああ、あんたは、イデアメリトスの太陽の御使いに違いないよ!」


 興奮と感謝でいっぱいのおばさんの胸の中で、景子は呼吸を確保するので精いっぱいだった。


 しかし、話の中にイデアメリトスが出てきて、どきっとする。


 行きに寄った時は、まだそこまで言葉は得意ではなかった。


 だが、いまは違う。


 それは、アディマの血の一族のことだと分かるのだ。


「ああもう、今日は絶対に泊まっていっておくれよ! 御馳走するよ! それから、村の連中にもあんたの──を教えてやっておくれ!」


 ようやく景子をひきはがしながら、おばさんは彼女の顔を覗き込みながら、強く念を押す。


 よく分からない単語が、2回出てきた。


 どちらも、同じ発音だ。


 景子は首を傾げる。


『技術』のことかと思ったのだが、その言葉ならもう覚えたのだが。


「──?」


 景子は、首を傾げながら復唱してみた。


「イデアメリトスの話なら、子供だっておとぎ話で知ってるよ。不思議な力を持ってるだろ。その力のことさ」


 ああ。


 何となく……何となくだが、翻訳できそうな気がした。


『魔法』とかで、いいのかなあ。


 アディマのことを思い出しながら、景子はそんな単語をあてはめてみたのだった。


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