魔法
☆
居心地の悪い旅路になった。
景子に菊──そしてリサー。
そんな三人で旅をすることになるなんて、誰が予想できただろう。
アディマ、大丈夫かなあ。
落ち着かない空気を吸いながら、景子は別れた彼のことを心配した。
ダイがいるので、ちょっとやそっとのことは大丈夫だろうが、シャンデルもいるのだ。
いくらダイでも、同時に二人を守るのは大変ではないだろうか。
そんな話を、菊にぽつりとしたら。
彼女は、ちょっと考え込んだ後。
「まあ、問題ないと思うよ」
そう、薄く笑ったのだ。
「若さんは、景子が思うほどひ弱じゃないってことさ」
付け足された言葉には、顔が赤くなってしまった。
アディマが小さい頃の印象を、まだ完全には拭えずにいることを、菊に見透かされた気がしたのだ。
「よその国の言葉で話すな……不快だ」
リサーの棘のある言葉に、景子はぴたっと口を閉ざす。
閉ざさないのは──菊だ。
「同じ船に乗ってる間くらいは、協力的であろうと思わないのかな……この男は」
堂々たる日本語。
それに、リサーは睨みをきかすが、菊はまったくこたえていない。
あ、あの、あんまり、ケンカは……。
彼が、一方的にムキになっているのは、分かっている。
しかし、彼だってこんなアクシデントは想定外で、どうしたらいいのか分かっていないのだ。
「す、すみません……面倒なことに巻き込んでしまって」
景子は、小さくなりながら言葉をかけた。
本当なら、いますぐアディマの元へ帰してあげたかったし、本人も帰りたくてしょうがないだろう。
「私は、私のためにここにいる。妙な気は遣うな!」
ピッシィ。
鞭を振るうようにしなる言葉に、景子はその場で踏みとどまれた自分をほめたいほどだった。
ただ。
リサーはリサーで、大きな何かを背負おうとしている自分を、ちゃんと知っていた。
あのアディマから離れることを、ついには決意したのだから。
※
村に到着した時。
行きとは、逆方向から入ったために、景子はあの畑をすぐに見られないことを、とてももどかしく思った。
畑は、村の反対側にあるのだ。
足元に、火がついたように落ち着かなくなる。
早く見に行きたくて、しょうがなかった。
「荷物、預かるよ」
菊が、片手を差し出してくれる。
どこへ行きたがっているかなど、もはやお見通しなのだ。
たすき掛けに背負っていた荷物を、景子は首から抜いて菊に託す。
「じゃあ、ちょっと行ってくる!」
ずっと歩いていたのに、彼女の足はまだ言うことを聞いてくれた。
駆け出せたのだ。
「お、おい……」
状況を呑み込めないリサーが、景子に何か言いかけた気がした。
しかし、既に走り出した彼女の耳には、遠くに消えてゆく風に過ぎない。
振り返る村人を後ろに送りながら、村を駆け抜けてゆく。
そして。
ザァっと。
金色の穂が、光り輝き、風にうなりをあげている畑を見たのだ。
「……!」
景子は、足を止め──それを見入るしか出来なかった。
どこよりも重く、ずっしりと頭を垂れるその穀物の姿は、景子の目を奪ったのだから。
開花の前に、即席の土壌改良が間に合ったおかげだろうか。
美しいほどの光を、それは放っていた。
ひとしきり、その光景を目に焼き付けた後。
景子は、再び畑の土にはいつくばった。
手が汚れるのも気にせず、土を掘り返す。
生きてる。
ちゃんと生きてる。
確認する度に、景子は幸せでいっぱいになった。
だから。
追いついた菊が笑い、リサーがそんな彼女のみっともない姿にあきれていたとしても──まったく気づかなかったのだ。
※
「ケーコ!」
彼女を最初に呼んでくれた村人は、あのおばさんだった。
たまたま畑を通りかかったのか、はたまた誰かが景子たちの再訪を教えたのか、おばさんは這いつくばる景子に向かって駆けてくる。
名前も、ちゃんと覚えていてくれたようだ。
「おばさん!」
景子も駆け寄りたかったが、すでに両手は泥で汚れているため、ついためらってしまった。
ためらわなかったのは──おばさんの方。
両手を伸ばし、いきなり彼女をぎゅうぎゅうに抱きすくめたのだ。
「ケーコ! あんたすごいよ! あの兄さんが、この穂の重みに、腰を抜かしそうになったんだから!」
農婦の力は、非常に強い。
その腕にぎゅうぎゅうにされてしまうと、景子の方が背が低いために窒息してしまいそうになる。
「どんな──を使ったんだい? ああ、あんたは、イデアメリトスの太陽の御使いに違いないよ!」
興奮と感謝でいっぱいのおばさんの胸の中で、景子は呼吸を確保するので精いっぱいだった。
しかし、話の中にイデアメリトスが出てきて、どきっとする。
行きに寄った時は、まだそこまで言葉は得意ではなかった。
だが、いまは違う。
それは、アディマの血の一族のことだと分かるのだ。
「ああもう、今日は絶対に泊まっていっておくれよ! 御馳走するよ! それから、村の連中にもあんたの──を教えてやっておくれ!」
ようやく景子をひきはがしながら、おばさんは彼女の顔を覗き込みながら、強く念を押す。
よく分からない単語が、2回出てきた。
どちらも、同じ発音だ。
景子は首を傾げる。
『技術』のことかと思ったのだが、その言葉ならもう覚えたのだが。
「──?」
景子は、首を傾げながら復唱してみた。
「イデアメリトスの話なら、子供だっておとぎ話で知ってるよ。不思議な力を持ってるだろ。その力のことさ」
ああ。
何となく……何となくだが、翻訳できそうな気がした。
『魔法』とかで、いいのかなあ。
アディマのことを思い出しながら、景子はそんな単語をあてはめてみたのだった。




