豆鉄砲
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「き、菊さん! わ、私……実は……さ、31歳なんだけど!」
寝起きの一発目が、これだった。
景子は、それはもう決死の覚悟という顔で、彼女の秘密を暴露したのである。
だが。
決死の覚悟というには、余りにも分かりやすい思考の流れが見えて、笑いをこらえることができなかった。
要するに。
彼女は、菊に反対して欲しいのだ。
自分には、こんなに問題点がある。
だから、御曹司の話を止める手伝いを、彼女にさせようというのである。
その格好の材料が、自分の年齢だった、というわけか。
だが、それはあくまでも本人にとって、最悪の材料と言うだけであって。
菊にとっては、「へー、そうなんだー若く見えるね」くらいの威力しかない。
バズーカの武器から、豆が飛んで来たようなものだった。
「き、菊さん……」
半ベソをかきながら、景子が掛布を握りしめている。
何という情けない顔。
これが、自分より一回り以上年上というから、世界は不思議で満ち溢れている。
ようやく、菊は笑いをおさめた。
「今度、若さんに言ってみるといいよ、それ」
ベッドから起き上がりながら、菊は首を回す。
「ええー?」
とんでもないと言わんばかりの、悲鳴にも似た声。
「年齢のことで、さっさと諦めてくれるなら、それに越したことはないだろ?」
菊の一言で、景子はうつむいた。
分かっている。
彼女は、傷つきたくないのだ。
年齢を言ったことで、もし御曹司が後ずさったら、「ああ、やっぱり」と思わされるのだから。
だが。
理由も言わずに彼女が断れば──男だって傷つくのだ。
ただ、菊は同時にこうも思ったのだ。
あの御曹司が、年齢ごときで引くかな、と。
大体。
景子の口からここまで一言も、考えるに値しないばかばかしい話、というニュアンスを聞いていないのだ。
それこそが、御曹司のことを好きだという証拠なのに。
うーん。
その事実にさえ、本人はまだ気づいていないようだった。




