爆弾投下
☆
「アディマ……」
微笑んでいる彼に、景子は何かを告げようと思った。
まだうまく頭は回らないし、身体もガチガチだが、がんばって唇を開こうとしたのだ。
なのに。
ノッカーが、鳴った。
景子はびくぅっと、ソファの上で縦に跳ねる。
おかげで、身体の固まりは取れたが、心臓は早鐘のようにガランガランと打ち鳴らされた。
「リサードリエックです」
訪問者が彼だと分かって、早鐘は更にスピードを上げる。
一人でガクブルしている景子をよそに、扉は開けられた。
第一に、アディマに礼を尽くした後、即座に視線が景子に向けられる。
痛い痛い。
視線だけで、彼女を既に責めている。
「夜に、男女が二人きりで部屋にいるのは……不適切だと思いますが」
そして、やはり言葉が刺さる。
これまで、彼は別室だったので気づかなかったのだろう。
今日、どこから漏れたのかは分からないが、明らかに景子の訪問を咎めるために来ているのだけは分かった。
それくらい、視線が彼女に一直線だったのだ。
「では、リサードリエック……君も同席するかい?」
しかし、アディマは悠然と答える。
「そういう問題ではありません」
ぴっしゃり。
リサーは、すぐさま彼の言葉を切り落とした。
アディマが、論点をわざとずらしていることを知っているのだ。
「ご自重下さい、と言っているのです。我が君は、都に戻られたら、すぐに伴侶をお探しにならなければならないのですから」
ダバダバダバ。
立て板に水の勢いで、忠実なる従者は一気に語ってくださった。
は・ん・りょ。
その言葉に、景子の方が戸惑ってしまった。
二十歳にもならない青年が、もう結婚相手を探さなければならないのだ。
余りに現実味がなくて、景子はぽかんとしていた。
「ああ、リサードリエック……その件だけど」
アディマは、彼のわめきにまったく動じる様子もない。
それどころか。
さらっと。
まるで。
下の方の役職でも決めるかのようなあっさり感で。
「僕は、ケーコが適任だと思うんだが」
爆弾を投下してくれた。
※
「「……!!!」」
景子は、初めてリサーと意見が合った。
二人同時に、声なき叫びをあげたのだ。
な、な、な、な!
ただでさえ、精神的疲労にさいなまれていた景子は、完全に腰がなえてしまった。
ソファに座っているというのに、よろけてしまったのだ。
背もたれや、ひじ掛けに捕まるようにして、自分の態勢をキープするので精いっぱいになる。
「わ、わ、わ、わ……我が君!」
それは、リサーも同じだった。
あの彼が、完全に取り乱してしまっている。
「どうしたんだい、リサードリエック?」
一人だけ。
この部屋の中で、一人だけ温度を変えない者がいた。
アディマは穏やかに、しかし、リサーの激しい動揺を、少し楽しそうに見ているではないか。
「ど、どうしたもこうしたもありません! お戯れも、そのくらいにして下さい!」
ようやく、舌を自分の管轄に取り戻したのか、リサーの言葉がだんだんなめらかになってゆく。
しかし、語気は緩められていない。
「リサードリエック……どうして僕が、戯れで自分の伴侶の話をすると思うんだ」
アディマも、まったく言葉を歪める気配がなかった。
ほ、本気だ。
景子は、青ざめた。
本気で彼は、さっきの言葉を吐いたのだ。
彼女が茫然と、その認識をしようとしていた時。
リサーのきつい視線が、景子に飛び火した。
視線が矢ならば、いまごろ景子の身体は隙間もないほど矢が突き立っていたことだろう。
その唇が。
いまやまさに、間違いなく景子を責めるために開こうとしたその時。
「リサードリエック」
意思の込められた、たった一言が、リサーの唇を縫い止めてしまった。
「何か言いたいことがあるなら、僕の方を向いて言うべきだ」
静かだが。
きっぱりとした声だった。




