命の光
☆
お天道様の目。
景子の頭の中に、祖母の言葉がよみがえる。
彼女の目を指して、そう言ったのだ。
そして、ついさっき。
アディマに、太陽の目と言われた。
彼が言葉にしたのは、単なる比喩なのかもしれない。
しかし、彼は不思議な血を持つ人で──そういうものまで分かってしまうのかも。
景子は、居心地悪くもじもじした。
昔の記憶が、彼女の足かせになっている。
しかし、アディマも不思議な血筋らしいから、言ったところで悪く思われることはないのかもしれない。
だけど、でも、あの、その、あうう。
足踏みをする彼女に。
「いいよ……無理に言わなくても」
彼は、少し寂しそうに笑った。
胸が、きゅっとしめつけられる。
ああ、違うの。
そうじゃないの。
景子は、もどかしさで足をジタバタさせた──心の中で。
アディマを信用していないとか、そういうことじゃない。
ただ、臆病に輪がかかっているだけなのだ。
子供の頃から、だんだんと厚くなったその殻。
それを破るには、固くなりすぎてしまった。
苦しい喉に、何か大きなものが詰まって、彼女から声を奪う。
「大丈夫だよ……ケーコ。太陽は、なくなったりしないから……雲に隠れても、夜になっても、また必ず出てくる」
泣きそうな、顔になっていたのかもしれない。
アディマの声は、優しくてまるで子供をあやすような音をしていた。
ずっとずっと年下の彼に、こんな声を出させてしまうなんて。
自分が、とても幼稚な生き物に感じた。
がん、ばれ、私。
景子は、空気しか吐き出せない駄目な唇を、奮い立たせようとした。
厚い殻も、喉に詰まった塊も──全部景子が作り出したもの。
それが、アディマに距離を感じさせたのだ。
「あの……ね……命の……光って……あるのか……なぁ」
喉がカラカラで、声が掠れて消えていきそうになった。
※
「命の……光?」
アディマが、確認するように復唱する。
それだけで、景子は身がすくんでしまいそうだった。
身体が縮こまって、動けなくなるのだ。
彼の言葉に、頷きさえも出来ない。
しかし、これでも景子は、言葉に大量の逃げ場を用意したのだ。
少しの嫌悪でも見せられたら、彼女はダッシュで遥か後方に逃げ散らかす気だった。
「ああ……」
ふと、アディマは何かを思い出した声をあげる。
それだけで、景子の寿命は3年は縮んだ。
「だから……あの時、ダイエルファンを出し抜いた彼らが分かったのか」
その上、彼は少しおかしそうに笑い出すではないか。
は?
景子は、話の飛躍にすぐにはついていけなかった。
「あの後の、ダイエルファンは本当に気難しい顔をしていてね。おそらく落ち込んでいたんだろう……あんな彼を見たのは、あの時が初めてだよ」
あの時。
景子は、一生懸命記憶を探って、該当するものを探そうとした。
「えっと……太陽の木の実の……町の……こと?」
気配のない、二人の刺客に襲われた時のことくらいしか、思い当たる節がなかった。
「そう……あの時。あの時、ケーコがいてくれなかったら……僕も無傷では済まなかっただろうね」
ええと。
どんどんと進むアディマの言葉に、景子はついていけてなかった。
彼は、いともあっさりと『命の光』なる言葉を飲み下し、その先の話に駆け抜けていたのだ。
ああ、えっと、あの……。
景子の方が、アディマをちょっと立ち止らせたくなるほど。
「あの……えっと……気持ち、悪く、ない?」
おそるおそる。
景子は、それを口にしていた。
「ケーコは……僕が気持悪いかい?」
困ったように笑う、アディマ。
そんな!
景子は即座に、首を横に振った。
振りすぎて、顔のパーツがどこかにすっ飛んでいってしまいそうなほど。
何とか、顔のパーツは無事だったが。
「そういうことだよ……」
アディマの優しい声に対応しきれず──変な角度で身体が固まってしまったのだった。




