アルテンは
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「ウメ……テイタッドレック卿の御子息を知らないかしら?」
19日。
いわゆる、月で一番不吉な日の朝。
イエンタラスー夫人に、廊下で呼びとめられた。
問いには、確信がこもっている。
梅は知っているに違いない、と。
昨夜の騒ぎを、使用人の誰かから聞いたのか。
それ以前に、アルテンの目的が梅であることは、誰が見ても明らかだった。
ちょっと推測すれば、分かることだろう。
「さあ……帰られたか……」
梅は、少し言い淀んだ。
逃げ帰ったと考えるのは、簡単なことだ。
彼は、箱入りのボンボンで。
せいぜい冒険と言えば、馬の単騎駆けで来る、この家の訪問くらいだ。
荷馬車なら二日だが、単騎駆けならまる一日程度で着くだろう。
「帰っていない可能性も……あるのかしら?」
そこを、イエンタラスー夫人につつかれる。
「分かりません……彼が『男』であれば、そういう選択肢もまた、あるのだと思いますが」
梅は、考えながらゆっくりと答えた。
男という表現に、夫人はしばし首を傾げる。
言葉通りにしか、受け取れなかったのだろう。
ただ。
「昨夜……子息があなたの部屋を訪ねたのは、知っています。あなたが入れようとしなかったことも」
そんな彼女に、穏やかに夫人は声を投げてくれる。
「それは、女性として大変慎み深い、正しいことだったと思います。きっと子息は恥ずかしくなって屋敷に帰ったのでしょう……もう来ることはないかもしれませんが、それで構わないですものね」
そして、梅を肯定してくれるのだ。
大事な客人を、彼女が追い返したというのに。
「夫人に御迷惑をおかけしたかもしれません……申し訳ありません」
心が痛むのは、その部分。
「テイタッドレック卿は道理の分かる方です……心配はいりませんよ」
にっこりと微笑む夫人に、梅の心はますます痛むのだった。
それから後。
テイタッドレック卿から早馬が届く。
アルテンは──帰っていなかった。




