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ダイの話

 菊が出て行ってしまって、景子は一人ぽつんと部屋にいた。


 しかし、そう長い時間ではなかった。


 ノッカーが鳴ったのだ。


「はい!」


 菊なら、ノッカーは鳴らさないだろう。


 どきっとしながら、景子は元気のいい声で返事をした。


「僕だよ……」


 声を聞いて、彼女はぱぁっと顔を明るくさせる。


 アディマだ。


 退屈していたところに、話をするのに楽しい相手が、向こうからやってきてくれたのである。


 扉が開く。


 ダイというお付きなしで、一人で出歩いている姿は、少し不思議だった。


 そんな彼の視線が、空をさまよう。


「ああ、菊さんなら、ダイさんのところに行きました」


 もう一人の、部屋の住人を探しているのだろうと分かった。


「彼女は、ダイエルファンを気に入っているようだね」


 微笑みながら、アディマは部屋に入ってくる。


 慌てて、景子はソファを勧めた。


 いい客間を用意してもらっているのか、応接部があったのだ。


 景子は、嬉しいと同時に、焦ってもいた。


 身分の高い人に、部屋を訪問される──そんなことに慣れている日本人は、少ないのだから。


「ダイさんは腕っぷしもありますし、細かいことを気にしなそうな人ですから……懐いてるみたいですよ」


 何気なく言葉にしたことに、景子は自分でも納得してしまった。


 あの菊が懐くっていうのは、実は物凄いことに感じたのである。


「そうだね……ダイエルファンは、よい剣士だ。彼を見ていると、強い者は決して常日頃から猛々しくなくともいいのだとよく分かる」


 アディマが、ダイを褒めているのを見て、景子は嬉しく思った。


「僕は……衛兵所を上から眺めるのが、好きだったよ」


 彼の言葉が、微かに過去に触れた。


「衛兵所で、誰よりも早く、そして誰よりも遅くまで剣を振り続けていたのが……ダイエルファンだった。だから、僕は護衛を選べと言われて、肩書のない彼を選んだ」


 アディマの見たであろう光景が、景子の脳裏をよぎる。


 夕暮れの中、一人黙々と剣を振る、大きな男の姿だった。



 ※



「僕の護衛が成功して、無事に都に帰れば、ダイエルファンの階級も特進するだろう……本人にとっては、邪魔かもしれないけどね」


 アディマは、ダイのことをよく分かっているようだった。


 だが、きっと思ったのだ。


 あの愚直な男は、もう少し上にいってもいいはずだ、と。


 ダイの話を、彼の口から聞ける日がくるとは、思わなかった。


 だから、景子はいろいろと質問をしたのだ。


 ダイは農家の末の方で、外に出なければならなくて兵に志願したとか。


 身体が大きく、腕っぷしも強かったため、衛兵にまではすぐなれたとか。


 へぇ、農家なんだ。


 景子は、通り過ぎてきた農村を思い出して、ますますダイに親近感を持った。


「で……ダイさんは……」


 しかし、更に問いかけようとしたら、アディマが表情を微かに曇らせているではないか。


 何か変なことを聞いたかと、景子が首を傾げると。


「ケーコも、随分ダイエルファンに懐いているようだね……」


 と、言われてしまった。


 カァっと、恥ずかしくなって景子は赤くなる。


 一緒に旅をしている人のことを、知りたくなるのは女性の常だ。


 そんな女の浅はかさを、アディマに見られた気がして恥ずかしかったのである。


 確かに、一番身分がなさそうで、一番楽な相手はダイだったのだが。


「だ、だって……リサーの話だと、なんだか難しそうで……」


 しどろもどろになりながら、景子が言い訳をすると。


 何を想像したのか、アディマは気が抜けたように笑い出した。


「え? な、なに? アディマ……何かリサーに面白い話でもあるの?」


 珍しいその姿に、景子は思わず食いついてしまう。


 あのリサーに、何か猛烈な笑い話があるのかと思ったのだ。


 しかし、アディマは違うと言いたいかのように手を振りながら、ひとしきり笑い続けた。


「そうか……ダイエルファンの話が、一番身近で分かりやすいのか」


 何故か。


 リサーから、ダイへと話が戻っていた。


 何で……あんなに笑ったんだろう。


 景子には、分からずじまいだった。


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