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油と櫛

 セルディオウルブ卿の住まう町は、にぎやかな宿場町だった。


 特に、髪を装うための商品を扱う店が多いのは、神殿のすぐ側の町らしい、といったところか。


「北から神殿に来る者は、かならず最後にここに寄るからね」


 アディマの説明を聞きながら、景子は町に目を奪われていた。


 景子たちは、西から神殿に入ったために──更に、農村ルートを通ったらしく、最後まで余り大きな町はなかったのだ。


 子供たちの反応も違う。


 旅人を見慣れているので、物売りに近づいてくるのだ。


 髪の油や、宿への客引き。


 子供とは言え、一生懸命働いている。


「セルディオウルブ卿のところへ、ゆくのだよ」


 子供たちに、アディマが穏やかにそう言うと、彼らの反応が一気に変わった。


「大爺様のところのお客さんかぁ」


 それじゃ、商売できないや。


 集まってきた子供たちが、ケラケラと笑う。


 愛すべき呼び名が、景子の頬を緩ませた。


「おねーちゃんも、大爺様のとこに行くの?」


 油売りのかごを下げた少女が、景子に問いかける。


 うんうん、と笑顔のまま、彼女は頷いた。


 だが、少女は少し考え込んで、かごからひとつ油の瓶を差し出すではないか。


「おねーちゃんにあげる。大爺様のとこに行くのに、そんな髪じゃダメよ」


 笑顔が──衝撃に変わった。


 景子は、またいつも通りの髪に戻っていたのだ。


 神殿でなければ、これまでさして咎められることもなかったからである。


 しかし、ここは大きな町だ。


 農村よりも、もっともっと人々は身なりに気を使っていて。


 こんな小さな子供でさえ、髪だけは美しく結っている。


 そんな町の人から見れば、景子の髪などとてもみっともないのだろう。


 子供でさえ、売り物をあげようとするほど。


 あ、あははははは。


 景子は、乾いた笑いを浮かべた。


 心の中では、さめざめと泣いていたが。


「ひとつ買おう……」


 反応できないでいる景子の横から、手が伸びる。


 アディマは、無料でくれるという少女から、油をひとつ買い取ったのだった。



 ※



 卿の屋敷の門の前で、景子は足を止めてしまった。


 油の瓶は、アディマがしまってしまい、彼女の髪は何も変わっていなかったからだ。


 こんな髪で、卿の前に出ることは、とても恥ずかしいことなのだと──子供に教えられたのである。


 そのショックから、まだ景子は立ち直れていなかった。


 前にあの老人にあった時は、幸いにもおばさんに綺麗に整えてもらっていた時で。


 少しは、いまよりはマシだったのだろう。


 年甲斐もなく恥ずかしいが、髪を編んだ方がいいに決まっている。


 そんな迷いいっぱいの景子をよそに、使用人は門を開けて彼らを招きいれるのだ。


 あ。


 ど、どうしよう。


「ケーコ?」


 後方の異変に気づいたらしく、アディマが振り返って彼女を呼ぶ。


 でも、足を踏み出せない。


 そこで菊が、あははと突然笑い出した。


 景子が、ぎょっとしてしまうほど。


「若さん……油と櫛!」


 菊は快活に、しかし、独特の呼びかけをする。


 神殿に行ったおかげか、彼女は『櫛』という単語をマスターしていた。


 アディマは、自分が呼ばれていることに気づくのに、少しかかったようだが、荷物の中から、言われたものを取り出す。


 それを、菊は受け取るや、景子の元へと戻ってきた。


「行こう……景子さん」


 そして。


 彼女は、屋敷とは逆の方向へと、景子を連れて行こうとするのである。


「え? え? 菊さん?」


 ぽかんとする男どもを置いて、二人の足は町の方へと向かっていた。


「アディマたち、心配するよ」


 後ろを振り返りながら言うが、菊は笑うだけだ。


「油と櫛を持った女が何をするかなんて……誰が考えたって分かるだろ?」


 心配しやしないさ。


 菊は片方には景子の腕を、もう片方では櫛や油の瓶を珍しそうに眺めながら歩く。


「大丈夫……梅の髪でさんざん遊んでたからね……意外と指先は器用なんだよ」


 誰もいない、細い路地に連れ込まれる。


 菊は──櫛をくわえて、瓶のふたを開けたのだった。

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