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帰路について

 神官たちが神殿へと引き上げるや。


 木を取り囲んでの、華やかな宴会が始まった。


 朝日の木に、太陽の木がつながった祝いだ。


 広げられた敷物の上に、持ち寄られる食べ物や酒、果物、楽器。


 景子は、そこから逃げられなくなった。


 アディマは、神殿へと戻るかと思った。


 彼は、とても高い身分のようだし、リサーもそれを強く彼に勧めていたからだ。


 しかし、アディマは残った。


 大丈夫かなと心配をしていたが、それは杞憂だったことがすぐに分かる。


 景子と違い、人々は彼には礼儀を尽くすのだ。


 神殿のある町の人々である。


 イデアメリトスの血筋のことを、ほかの町の人よりはちゃんと知っているのだろう。


 景子は、まだ何も知らない。


 彼には不思議な力があり、領主よりも上の身分にある者、としか。


 景子は、初めて自分からリサーに近づいて行った。


 言葉が理解できるようになったからこそ、彼と話をしてみたかったのだ。


 手に持った杯に口をつけることもせず、リサーは目をアディマから離さないでいる。


「……お久しぶりです」


 昨日も会ったのだが、まったく話をしてはいない。


 景子は、何と声をかけていいのか分からずに、そんな言葉を掴んだのだ。


「いつもお前は、トラブルを連れてくる」


 挨拶よりも先に、景子の脳天に一撃が入る。


 あ、あははは。


 分かっていたこととは言え、なかなかこたえた。


「まあ、しかしこれは、我が君のハクになる……それだけは、いいだろう」


 リサーは、アディマとは呼んでいなかった。


 いつも、『我が君』──そう言っていたのか。


「これで、我が君は……最有力の後継者となった。太陽の木に祝福された、イデアメリトスの太陽となる日も、そう遠くはない」


 何かを思いふけるように、ようやくリサーはゴブレットに口をつける。


 イデアメリトスの太陽。


 リサーといる景子に気づいたのか、アディマがこちらへと近づいてくる。


 確かに。


 太陽という呼び名にふさわしい光を、彼が持っているのだけは間違いなかった。



 ※



「明日……旅立とう」


 リサーと景子のいる前で、アディマがそう告げた。


 二人の顔を見たので、二人に言っているのは分かる。


 分かるのだが。


 彼女は、そーっと隣を見た。


 リサーは、大きな大きなため息をついている。


「本当に、荷馬車は使われないのですか?」


 帰り道だというのに。


 彼は、何とか説得したいと考えているようだ。


 ああ、そっか。


 神殿での儀式が終わったから、帰り道は徒歩でなくてもよいのだろう。


 なのに、アディマは徒歩で帰ると言っているのか。


「どうせ19の間は、都には入れない……それなら、荷馬車を使っても同じだろう」


 苦笑めいた表情で、アディマがリサーを諭す。


 んーと、んーと。


 昨日、少し話は聞きはしたが、精神的にうまく吸収できる状態ではなかった。


 確か。


 この国では、19というのは不吉な数字ということで。


 夜の月が、19日で満月になるせいだと。


 19は、黒く不吉な月の力が一番強い時期。


 そう考えられているのだ、この世界は。


 だから、彼は18のうちにこの神殿に到着しなければならなかったし、19になる前に出なければならなかった。


 そして19を過ぎなければ、都に戻れない、ということになる。


 昨日、ここの若奥様と話していた時も、その話題になった。


 19になることを理由に、一年ほど放浪の旅に出る若者が多いらしい。


 そして、彼女の兄はそのまま流浪の人になったという。


 町から町をめぐる商売をしているとかで、数年に一度、ひょっこり顔を出すそうだ。


 それを聞いた景子の頭に浮かんだのが──『フーテンの寅さん』だったのは、誰にも内緒なのだが。


 勿論、テーマソングと一緒に脳内に流れた。


 いつかどこかで会ったら、ということで、名前を聞いておく。


 リクパッシェルイル。


 リクさんかあ。


 どんな人かと尋ねたら、彼女は少し沈んだ顔をしたのだ。


『神にそむくような姿をしているので……すぐに分かります』、と。



 ※



「早く到着したにせよ、隣領の領主の屋敷に滞在すればよいではないですか」


 リサーは、まだ食い下がっていた。


 荷馬車で、出来るだけ速く安全な旅程を。


 それを、彼は望んでいるのだ。


 アディマは、軽やかな曲が流れ、踊り歌う人々の方をゆっくりと見た。


「歩いて、見て帰りたいんだよ。穏やかで幸福な町を」


 彼の言葉に、景子はこれまで見てきた町のことを思い出したのだ。


 みな、幸せそうに働いていた。


『太陽様が見ているからね』


 農村の老婆は言った。


 腰が曲がってなお、彼女はにこにこと畑に出る。


 景子も、それににこにこになったのだ。


 盗賊もいるようだが、町の自警がしっかりしているのか、旅人以外を狙う様子はなかった。


 領主のお膝元の町は、大きな石塀で囲まれたところも多い。


 イエンタラスー夫人のところも、神殿のあるこのブロズロッズもそうだった。


 秩序が目に見えるこの国を、アディマは見たい──そういうのである。


「急ぐ旅ではないのなら……うちの領に寄っていかぬか?」


 広場には、供を従えたセルディオウルブ卿が現れた。


 人々は歌と踊りをやめ、卿にうやうやしく挨拶をする。


「ああ、続けてくれ……楽しい歌に誘われてな、邪魔はせぬ」


 すぐさま届けられる酒の杯を受け取りながら、老人は軽快に笑った。


 老人は杯を供に預けるや、アディマに深々と臣下の礼を取る。


「これは、セルディオウルブ卿……昨日はありがとう」


 アディマは、軽い会釈で彼に応じていた。


「うちに、そちらの太陽の娘も、一緒に連れてきて欲しいんじゃがの……庭に種をまきたいのじゃ」


 卿の言葉に、景子はどきっとする。


 自分に、あだ名がつけられていたからだ。


「太陽の娘……」


 アディマの視線が、すぅっと景子に注がれる。


 カァっと、彼女は赤くなってしまった。


 いや、ほら、私もう、娘とかいう年じゃないですし。


 ジタバタとのたうちながらも、景子は年齢に関しては出来うる限り、しらばっくれるつもりだった。


 それくらい、お天道様だって許してくれるよ、ね?


 頭上で輝く太陽光にさらされながら、景子は相変わらず往生際が悪かった。


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