帰路について
☆
神官たちが神殿へと引き上げるや。
木を取り囲んでの、華やかな宴会が始まった。
朝日の木に、太陽の木がつながった祝いだ。
広げられた敷物の上に、持ち寄られる食べ物や酒、果物、楽器。
景子は、そこから逃げられなくなった。
アディマは、神殿へと戻るかと思った。
彼は、とても高い身分のようだし、リサーもそれを強く彼に勧めていたからだ。
しかし、アディマは残った。
大丈夫かなと心配をしていたが、それは杞憂だったことがすぐに分かる。
景子と違い、人々は彼には礼儀を尽くすのだ。
神殿のある町の人々である。
イデアメリトスの血筋のことを、ほかの町の人よりはちゃんと知っているのだろう。
景子は、まだ何も知らない。
彼には不思議な力があり、領主よりも上の身分にある者、としか。
景子は、初めて自分からリサーに近づいて行った。
言葉が理解できるようになったからこそ、彼と話をしてみたかったのだ。
手に持った杯に口をつけることもせず、リサーは目をアディマから離さないでいる。
「……お久しぶりです」
昨日も会ったのだが、まったく話をしてはいない。
景子は、何と声をかけていいのか分からずに、そんな言葉を掴んだのだ。
「いつもお前は、トラブルを連れてくる」
挨拶よりも先に、景子の脳天に一撃が入る。
あ、あははは。
分かっていたこととは言え、なかなかこたえた。
「まあ、しかしこれは、我が君のハクになる……それだけは、いいだろう」
リサーは、アディマとは呼んでいなかった。
いつも、『我が君』──そう言っていたのか。
「これで、我が君は……最有力の後継者となった。太陽の木に祝福された、イデアメリトスの太陽となる日も、そう遠くはない」
何かを思いふけるように、ようやくリサーはゴブレットに口をつける。
イデアメリトスの太陽。
リサーといる景子に気づいたのか、アディマがこちらへと近づいてくる。
確かに。
太陽という呼び名にふさわしい光を、彼が持っているのだけは間違いなかった。
※
「明日……旅立とう」
リサーと景子のいる前で、アディマがそう告げた。
二人の顔を見たので、二人に言っているのは分かる。
分かるのだが。
彼女は、そーっと隣を見た。
リサーは、大きな大きなため息をついている。
「本当に、荷馬車は使われないのですか?」
帰り道だというのに。
彼は、何とか説得したいと考えているようだ。
ああ、そっか。
神殿での儀式が終わったから、帰り道は徒歩でなくてもよいのだろう。
なのに、アディマは徒歩で帰ると言っているのか。
「どうせ19の間は、都には入れない……それなら、荷馬車を使っても同じだろう」
苦笑めいた表情で、アディマがリサーを諭す。
んーと、んーと。
昨日、少し話は聞きはしたが、精神的にうまく吸収できる状態ではなかった。
確か。
この国では、19というのは不吉な数字ということで。
夜の月が、19日で満月になるせいだと。
19は、黒く不吉な月の力が一番強い時期。
そう考えられているのだ、この世界は。
だから、彼は18のうちにこの神殿に到着しなければならなかったし、19になる前に出なければならなかった。
そして19を過ぎなければ、都に戻れない、ということになる。
昨日、ここの若奥様と話していた時も、その話題になった。
19になることを理由に、一年ほど放浪の旅に出る若者が多いらしい。
そして、彼女の兄はそのまま流浪の人になったという。
町から町をめぐる商売をしているとかで、数年に一度、ひょっこり顔を出すそうだ。
それを聞いた景子の頭に浮かんだのが──『フーテンの寅さん』だったのは、誰にも内緒なのだが。
勿論、テーマソングと一緒に脳内に流れた。
いつかどこかで会ったら、ということで、名前を聞いておく。
リクパッシェルイル。
リクさんかあ。
どんな人かと尋ねたら、彼女は少し沈んだ顔をしたのだ。
『神にそむくような姿をしているので……すぐに分かります』、と。
※
「早く到着したにせよ、隣領の領主の屋敷に滞在すればよいではないですか」
リサーは、まだ食い下がっていた。
荷馬車で、出来るだけ速く安全な旅程を。
それを、彼は望んでいるのだ。
アディマは、軽やかな曲が流れ、踊り歌う人々の方をゆっくりと見た。
「歩いて、見て帰りたいんだよ。穏やかで幸福な町を」
彼の言葉に、景子はこれまで見てきた町のことを思い出したのだ。
みな、幸せそうに働いていた。
『太陽様が見ているからね』
農村の老婆は言った。
腰が曲がってなお、彼女はにこにこと畑に出る。
景子も、それににこにこになったのだ。
盗賊もいるようだが、町の自警がしっかりしているのか、旅人以外を狙う様子はなかった。
領主のお膝元の町は、大きな石塀で囲まれたところも多い。
イエンタラスー夫人のところも、神殿のあるこのブロズロッズもそうだった。
秩序が目に見えるこの国を、アディマは見たい──そういうのである。
「急ぐ旅ではないのなら……うちの領に寄っていかぬか?」
広場には、供を従えたセルディオウルブ卿が現れた。
人々は歌と踊りをやめ、卿にうやうやしく挨拶をする。
「ああ、続けてくれ……楽しい歌に誘われてな、邪魔はせぬ」
すぐさま届けられる酒の杯を受け取りながら、老人は軽快に笑った。
老人は杯を供に預けるや、アディマに深々と臣下の礼を取る。
「これは、セルディオウルブ卿……昨日はありがとう」
アディマは、軽い会釈で彼に応じていた。
「うちに、そちらの太陽の娘も、一緒に連れてきて欲しいんじゃがの……庭に種をまきたいのじゃ」
卿の言葉に、景子はどきっとする。
自分に、あだ名がつけられていたからだ。
「太陽の娘……」
アディマの視線が、すぅっと景子に注がれる。
カァっと、彼女は赤くなってしまった。
いや、ほら、私もう、娘とかいう年じゃないですし。
ジタバタとのたうちながらも、景子は年齢に関しては出来うる限り、しらばっくれるつもりだった。
それくらい、お天道様だって許してくれるよ、ね?
頭上で輝く太陽光にさらされながら、景子は相変わらず往生際が悪かった。




