表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/279

しきたり

 顔を、跳ね上げていた。


 いきなり、全身に血液が巡り始め、目の前が変な色に点滅し始める。


 その点滅のせいで、見たいものがはっきりとよく見えない。


 景子は、口を鯉みたいに開けて、酸素を必要とした。


 だが。


 光だけは、その光だけはちゃんと見えた。


 ブーツに隠された光ではなく、この人間自身の持つ光だ。


 間違いなく──アディマと同じ者。


「ア……ディマ……」


 酸素をうまく取り込めない口で、途切れ途切れの名前を呼ぶ。


「うん……僕だよ……ケーコ」


 そこには、青年がいた。


 黒髪はすっかり短くなっていたが、褐色の肌と琥珀がかった金の目をした男だ。


 一体。


 一体、何があったのか。


 あの子供ならざる者は、一足飛びに菊の年齢を追い越しているように見えたのだ。


「ど……どして……アディマ」


 目の前が、霞む。


 声が、歪む。


 目頭が熱くなって、もっとちゃんと見たいのに、どんどん彼の顔を不鮮明にしてゆくのだ。


 そんな彼女に、アディマは膝を折る。


 周囲が少しざわついたが、景子はそれどころではなかった。


「どうして……は、僕の言葉だよ。どうして、黙っていなくなってしまったんだ?」


 そう囁かれるが、彼女はただただそれに、首を横に振るしか出来ない。


 もはや、言葉など出せる状態ではなかったのだ。


 腰は抜けたし、涙は止まらないし。


 このまま景子は、床の上で涙の石像になってしまうかと思った。


 そんな彼女を、深い瞳でじっと見つめながら、アディマは辛抱強く側にいてくれるのだ。


 憐れだったのは、神官たちだったろう。


 彼らがそうしている間、神官たちもまたそこに縫い止められ続けていたのだから。



 ※



 アディマに支えられるように、景子は礼拝堂を出てきた。


 膝が笑って、うまく一人では歩けなかったのだ。


 前から誰か来る。


 景子は、一瞬歩けなくなった。


 驚いた顔をしたリサーが、駆け寄ってきたからだ。


 彼は、景子を確認するや口を開こうとした。


「リサードリエック……今はいい。少し、二人にして欲しいのだが」


 しかし、それをアディマは先に止めてしまう。


 リサーは。


 自分の主を、改めて見上げた。


 そう。


 リサーは、彼を見上げなければならなくなっていたのだ。


「わ……分かりました。我々が、朝使った控えの間が空いております……」


 彼は、ごくりと何かを飲み込んだ気がした。


 そして、脇へとよけるのだ。


 前と違い、アディマの言葉には強い力を感じる。


 神殿の途中から折れ、アディマはとある扉の前で足を止める。


 ノッカーも叩かずそこを開けると──中には誰もいなかった。


 これが、リサーの言っていた控えの間とやらか。


 扉を閉めると、アディマは彼女をソファに座らせた。


 そして、自分もその隣に、ゆっくりと腰を下ろしたのである。


 景子はまだ、手に太陽の木の枝を握ったままだった。


 その手に、そっとアディマが自分の両手を重ねてくる。


 大きい、手。


 景子の手が、見えなくなってしまうほど、彼の手は大きくなってしまったのだ。


 何から、どう聞いたらいいのだろう。


 最初から、不思議な人だった。


 小さいのに、子供には見えなかったのだ。


 再会して、改めてみたら──彼は、瞳の年齢に近い姿になっているではないか。


「18の誕生日が来たら……僕たちは旅に出るんだ」


 アディマは、景子に優しい声で語りかけてくる。


「そして、19の誕生日が来るまでに、この神殿に徒歩で到着しなければならない」


 彼の言葉は。


 最初から、不思議で出来ていた。


 アディマの話どおりだというのならば、あの子供の姿で既に18歳だったことになるのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ