前はだめ
☆
景子は、梅の身体を支えるようにしながら、一生懸命遠くの光を見た。
植物とは違う、光の群れが二つあった。
最初の群れは小さい。
数人だ。
その後ろから、百ほどの大きな光の群れが見えた。
百の声は、はばかる様子もない。
風に乗って、その声は大きくなってゆく。
景子は、梅と顔を見合わせた。
分からない言葉だったからだ。
少なくとも──日本語ではない。
黄泉の国では、独自の言葉を使うのか。
「興奮して……怒った声なのは分かりますね」
進み出た菊を気遣う視線に戻しながら、梅が呟く。
確かに。
見える光も、後方のものは猛々しかった。
だが。
前の数人のものは。
ひとつ。
とびきり美しい光が混じっていた。
他のいくつかもとても綺麗なのだが、そのひとつが、ずば抜けて輝いているのだ。
その光に群がる羽虫のように、後ろの百が追いかけてきている──景子にはそう見える。
「前は……だめ」
無意識に、彼女はそう呟いていた。
もしうっかり、菊が手を出したら、大変なことになる気がしたのだ。
そんなこと、彼女に伝わるはずはない。
「前? 何か見えるんですか?」
その呟きに、梅が反応する。
「え、あの……その」
とっさにうまい言い訳は考えられず、景子は言葉に詰まった。
そうしたら。
梅は、優しく微笑むではないか。
その直後。
「菊ーー! 前はだめよーー!」
何の躊躇もなく、梅は鋭い声を上げた。
夜空を、まっすぐ突っ切る矢のような声。
景子がびっくりしていると。
そのまま──梅の身体は、くったりと力を失ったのだった。




