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最捧櫛

「この年まで生きておるとな……」


 景子たちは、先に進むことが出来た。


 この老人が、太陽の木の枝と認定した途端、彼女たちは先へと通されたのだ。


「いろんな体験をするものなんじゃよ……太陽の果実を食べたことも、一度だけじゃがある」


 老人とそのお付きのやや後ろを歩きながら、景子はしゃがれた彼の声を聞いた。


「その時、果実には短い枝がついたままじゃった……わしは、それを大事に大事に朽ちるまで眺めておった」


 遠い昔を、思い出す声。


「姿は、朝日の木とよく似ておるが、匂いが違う。わしは、それこそねぶるように毎日、枝の匂いを嗅いでおった……忘れはせぬ」


 朝日の木。


 もしや、この町にあったあの木のことだろうか。


「こ、これは……セルディオウルブ卿……ようこそおいでくださいました」


 神官らしき人が、3人ほど神殿から出てくる。


 その先頭は、年配の女性だった。


 老人の近くに寄りながらも、落ち着かない素振りを見せる。


「久しゅう……今日はめでたくも忙しい日じゃな。これも、まばゆき太陽のお導きであるかな」


 ゆるやかな卿の声に、年配の女性は困ったように微笑んだ。


「本当に……最捧櫛の儀のために、神官長のほとんどは祭壇の方にいっておりまして。私のような、若輩には手に余ることばかりです」


 視線が、彼に定まっていないのは、何かを探しているからか。


 それに、老人は高らかに笑った。


「太陽の木の枝を探しておるのじゃろう……こちらの娘御じゃ」


 彼のすぐ後ろにいたために、卿の連れと間違われていたのか。


 女性の視線が、ようやく景子と──彼女の手の中に注がれる。


「わしが証明する……本物じゃ」


 彼は、軽く自分の胸に手をあてた。


「まぁ……まぁ……」


 本物と言われ、女性はめまいを覚えたようによろける。


「これは……吉兆に違いありません。最捧櫛の日に、このような慶事が起きるなど」


「まったくじゃの……このことは、おそらく後々まで伝説となるじゃろう」


 で、伝説?


 話が、突然巨大に膨張したのだ。


 景子は、二人の会話を聞き、冷や汗をかきながらおそれおののいたのだった。



 ※



 物凄く、いい部屋に通されてしまった。


 景子は、ガチガチに固まったまま、そこに座っていた。


 周りには、誰もいない。


 そう、菊さえも、だ。


 彼女が入れない理由は、帯刀のせい。


 武器は預かると言われたが、彼女はそれを受けられなかった。


「悪いね」


 彼女は、そう言って外に残ったのだ。


 ここで彼女の身が、危なくなることはないだろう。


 だから、菊に守ってもらう必要はないのだが。


 精神的な支えがない中での一人ぼっちは、プレッシャーを増やすばかり。


 そんな彼女のいる部屋に、ノッカーの音が軽く響く。


 びくっとしながら、景子は椅子から立ち上がった。


 セルディオウルブ卿──あの老人だったのだ。


 景子は、ほぉと胸をなでおろした。


 偉い身分なのは分かるが、おしゃべり好きの優しい老人だと分かったからである。


「すまぬすまぬ……神殿に捧げてしまう前に、もう一度それに会いたくて、な」


 卿は、景子の手の中のものを見る。


 緊張がようやく解けて、彼女はようやく笑うことが出来た。


 こんな老人なのに、枝の前では子供のようではないか、と。


 差し出すと、いとおしそうに見つめた後、もう一度匂いを嗅ぐ。


 そこで、景子ははっと思い出した。


「あ、あの……た、種……種があります」


 枝はあげられないが、種ならいくつか荷物の中だ。


 景子は、慌ててそれを解いて、きちんと乾燥させた種を一粒持ち上げた。


「おお……種もあるのか……そうか、お前さんも果実を食べたのだな。しかし、太陽の木は難しい、わしも食べた種を、庭の一番いい場所に埋めたのだが、結局芽吹かなかったのだ」


 朝日の木ですら、この町では1か所しか根づかなかった。


 そう付け足される。


 彼女たちが見てきた、あの木だろう。


 んーんー。


 景子は、太陽の木とこの町の木を、頭に思い描いた。


 何か。


 何か、ひっかかったのだ。


「あ!」


 配線が──つながった音がした。



 ※



「囲まれたところに……木か建物に、囲まれたところに植えてください!」


 景子は、種を一粒──セルディオウルブ卿に差し出した。


 そうだ。


 太陽の木も、この町の木も、どちらも囲まれた中にいた。


 森の木々の中と、建物の真ん中。


 この種類の木は、周囲に何か高いものを欲しがるんじゃないか。


 景子の脳みそは、そんな答えを出したのだ。


 あれは、木にとって悪いのではないか。


 景子は、最初はそう思った。


 だが、そうじゃないとしたら?


 この木は、周囲を何かに囲まれ、日当たりが悪い方が苗木が育ちやすいのかもしれない。


 そして、太陽を目指して一直線に伸びてゆく。


 これまで、太陽の木の種だと知っていた人々は、おそらく日当たりのいい、周囲に余計な木のないところに植えようとしたに違いない。


 だから、芽吹かなかったし、根づかなかったとしたら──あの希少な扱いも理解できる。


「なん……と?」


 老人は、驚きの声をあげた。


「太陽の木は、森の中にありました……木がいっぱい茂っている中に、一本だけ」


 景子は、自分の思いつきに嬉しくなっていた。


「朝日の木? も、建物の間に生えてますよね?」


 そう付け足すと、老人は「おお、おお」と感嘆の声をあげた。


「そうであったか……かの木の幼子は、太陽が苦手であったか」


 ほっほっほ。


 卿は、愉快そうに笑う。


 景子も、にまにましてしまった。


 それでもなお、生育は難しいのかもしれないが、景子には明るい希望が見えたのだ。


「最捧櫛の儀の祝福が終わったら、すぐに帰って埋めてみようぞ」


 そう言って、卿は枝を景子に返した。


 あ。


「あの……そ、その最捧櫛の儀って……な、何ですか?」


 大層ご機嫌なセルディオウルブ卿になら、聞いても許されるような気がして。


 景子は、勇気を出してみたのだった。

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