坊ちゃん
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それから、つい五日ほど後。
梅は、再びイエンタラスー夫人に呼ばれた。
今度は直接ではなく、使用人を通じて、である。
そこまで、ウキウキすることではないらしい。
そして、夫人がそうした理由は、行ってみて分かった。
「久しいな」
応接室で待っていたのは──アルテン坊ちゃんだったのだ。
テイタッドレック卿の、ご子息である。
今日は、やわらかい布で後ろで髪を束ねていた。
梅は、すぐに夫人に視線を投げる。
どういうことなのか、彼より先に夫人に説明して欲しかったからだ。
「あなたに、届け物があるそうよ」
夫人は、困ったように微笑んでいる。
届け物?
挨拶をすませながら、梅は首を傾げた。
ゴホン。
アルテンは、もったいぶった咳払いをすると。
「本をな……10冊ほど貸そうと……思ってな」
視線を、何度も中空を泳がせつつ、言葉も詰まりながら言うではないか。
はあ。
あれから一ヶ月以上たって、今更突然何故、本を持ってきてくれる気になったのか。
梅は、とても不思議に思い──かけた。
そして、すぐに思い当たったのだ。
あ、っと。
あの行商人だ。
この町の次に、テイタッドレック卿のところへ行く予定のようだった。
卿に売るはずの本がない理由を、行商人は語ったのだろうか。
イエンタラスー夫人の屋敷の、風変わりな娘が大層欲しがった、と。
それが、アルテンぼっちゃんの耳に入ったに違いない。
ちょうど、日数も合う。
くすくす。
梅は、思わず笑ってしまった。
彼女に、新たな本が届くきっかけを作ってくれたことに、人の縁の妙を感じて──それで、おかしくなってしまったのである。
また行商にきてくれた時には、最初にお礼を言わなければ。
しかし。
「なっ、何がおかしい!」
アルテン坊ちゃんは、自分が笑われたかと思って、かっとなったかのように声を荒げたのだった。




