ゆめかうつつか
☆
ピチョン。
その突然の感触に、景子はびくぅっと飛び起きた。
顔に水滴が落ちたのだ。
あ、あ、あ、あ!
甦るパニックに、心臓が飛び出しそうになる。
しかも、周囲は真っ暗だ。
だが。
同時に、真っ暗ではないことも知る。
ああ。
その光に、景子は少しずつ呼吸を取り戻した。
一面の光。
そうだ。
生きているものは、光るのだ。
彼女の周囲には、たくさんの植物があった。
それは、どこまでもどこまでも続いていた。
ずっとずっと遠くまで、美しく光り続けている。
これは、きっと夢に違いない。
そう思えるほどの、むせかえる緑の草原。
そこに今、景子はいるのだ。
ずれたメガネの位置を整えて、彼女はもう一度世界を見まわした。
ああ、こんな素敵な夢がみられるなんて。
うっとりしかけた景子は。
しかし。
「う……」
自分の足元で、人のうめき声を聞くのだ。
はっと視線を落とすと。
光る、ふたつの人の姿。
「梅……大丈夫か、梅」
起き上がった身体が、もう一人を揺さぶる。
その声に、聞き覚えがあった。
よほど、印象に残った姉妹だったからだろうか。
夢にまで、彼女らを出演させてしまうなんて。
「梅、目を覚ませ、梅!」
「き……く?」
弱弱しい、梅の声。
「大丈夫か、梅?」
もう一度の菊の問いかけに。
「名前……連呼しない……で」
梅は、右手を持ちあげると、力ないまま──ぺち、と菊の頭をはたいたのだった。
※
ぷーっ。
姉妹のやりとりに、ついつい景子は笑ってしまった。
はっと、菊の視線がこちらを向く。
「あっ、ごめんなさい……そんなつもりじゃ」
リアルな夢だなあ。
景子は、すっかりくつろいで、二人を眺めていたのだ。
そんな彼女に。
「ここは……どこだ?」
菊が、周囲に視線を移しながら、茫然と呟く。
「草原……みたいですね」
この素晴らしい景色を見ているのは、自分だけなのだろう。
景子は、光り輝く草の野を、彼女たちにも見せてあげたいと思った。
「花屋は? 地震はどうなったんだ?」
梅を支えるようにしたまま、菊は首を伸ばす。
その懸命さが、かわいそうになってくる。
だから、景子は言ったのだ。
「大丈夫、これは……夢なんですから」
両手を広げて、空気を胸いっぱいに吸い込む。
ああ、おいしい。
花屋のある田舎の空気もおいしかったが、これはまた格別だ。
雑味のない、指先までしみわたる空気だ。
「馬鹿な! これは夢じゃない!」
なのに。
菊は、即座に否定する。
困ったなあ。
景子は、苦笑した。
これが夢でなければ、何だというのか。
花屋で地震があったというのに、気が付いたら草原で寝てました──そんな馬鹿なことがあるはずがない。
第一。
これほど見事な草原など、景子の知る限り近くにはないのだから。
「そうね、夢じゃ、なさそうね」
梅もまた、細い首を持ち上げる。
「だって……定兼があるもの」
彼女は、菊が離さなかった布で巻かれた長物に、そっと触れた。
え?
「じゃあ、ここはどこだ?」
「さぁ」
そんな姉妹を前にして。
え? え? 夢じゃないって? これが、夢じゃない?
景子は、そーっと自分のほっぺたをつねってみる。
「えええーーーーー!?」
痛みが脳に届いた直後、彼女は絶叫したのだった。




