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ゆめかうつつか

 ピチョン。


 その突然の感触に、景子はびくぅっと飛び起きた。


 顔に水滴が落ちたのだ。


 あ、あ、あ、あ!


 甦るパニックに、心臓が飛び出しそうになる。


 しかも、周囲は真っ暗だ。


 だが。


 同時に、真っ暗ではないことも知る。


 ああ。


 その光に、景子は少しずつ呼吸を取り戻した。


 一面の光。


 そうだ。


 生きているものは、光るのだ。


 彼女の周囲には、たくさんの植物があった。


 それは、どこまでもどこまでも続いていた。


 ずっとずっと遠くまで、美しく光り続けている。


 これは、きっと夢に違いない。


 そう思えるほどの、むせかえる緑の草原。


 そこに今、景子はいるのだ。


 ずれたメガネの位置を整えて、彼女はもう一度世界を見まわした。


 ああ、こんな素敵な夢がみられるなんて。


 うっとりしかけた景子は。


 しかし。


「う……」


 自分の足元で、人のうめき声を聞くのだ。


 はっと視線を落とすと。


 光る、ふたつの人の姿。


「梅……大丈夫か、梅」


 起き上がった身体が、もう一人を揺さぶる。


 その声に、聞き覚えがあった。


 よほど、印象に残った姉妹だったからだろうか。


 夢にまで、彼女らを出演させてしまうなんて。


「梅、目を覚ませ、梅!」


「き……く?」


 弱弱しい、梅の声。


「大丈夫か、梅?」


 もう一度の菊の問いかけに。


「名前……連呼しない……で」


 梅は、右手を持ちあげると、力ないまま──ぺち、と菊の頭をはたいたのだった。



 ※



 ぷーっ。


 姉妹のやりとりに、ついつい景子は笑ってしまった。


 はっと、菊の視線がこちらを向く。


「あっ、ごめんなさい……そんなつもりじゃ」


 リアルな夢だなあ。


 景子は、すっかりくつろいで、二人を眺めていたのだ。


 そんな彼女に。


「ここは……どこだ?」


 菊が、周囲に視線を移しながら、茫然と呟く。


「草原……みたいですね」


 この素晴らしい景色を見ているのは、自分だけなのだろう。


 景子は、光り輝く草の野を、彼女たちにも見せてあげたいと思った。


「花屋は? 地震はどうなったんだ?」


 梅を支えるようにしたまま、菊は首を伸ばす。


 その懸命さが、かわいそうになってくる。


 だから、景子は言ったのだ。


「大丈夫、これは……夢なんですから」


 両手を広げて、空気を胸いっぱいに吸い込む。


 ああ、おいしい。


 花屋のある田舎の空気もおいしかったが、これはまた格別だ。


 雑味のない、指先までしみわたる空気だ。


「馬鹿な! これは夢じゃない!」


 なのに。


 菊は、即座に否定する。


 困ったなあ。


 景子は、苦笑した。


 これが夢でなければ、何だというのか。


 花屋で地震があったというのに、気が付いたら草原で寝てました──そんな馬鹿なことがあるはずがない。


 第一。


 これほど見事な草原など、景子の知る限り近くにはないのだから。


「そうね、夢じゃ、なさそうね」


 梅もまた、細い首を持ち上げる。


「だって……定兼があるもの」


 彼女は、菊が離さなかった布で巻かれた長物に、そっと触れた。


 え?


「じゃあ、ここはどこだ?」

「さぁ」


 そんな姉妹を前にして。


 え? え? 夢じゃないって? これが、夢じゃない?


 景子は、そーっと自分のほっぺたをつねってみる。


「えええーーーーー!?」


 痛みが脳に届いた直後、彼女は絶叫したのだった。

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