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テイタッドレック

 テイタッドレック卿の出迎えは──なかった。


「女性が男性を訪ねた時は、普通こうなのよ……」


 先に部屋に案内される。


「女性は、美しく整えなければならないわ。だから、まずご挨拶が出来るよう準備する時間が必要なの」


 男なりの気遣いか、女なりの見栄か。


 面白い風習に、梅はくすっと笑った。


 しかし、笑っているばかりではいけない。


 彼女も、準備をしなければならないからだ。


 少し休む時間をもらえたので、梅の気分は多少はよくなっていた。


 夫人に差し上げた着物を、今回持ってきている。


 イエンタラスー夫人が、どうしても梅に着させてから、卿と会わせたいと思ったせいだ。


 これも、自慢したことの一つなのだろうか。


 女の使用人が、着物に不思議そうな目を向ける。


 肌は浅黒く、瞳は琥珀色をしている。


 黒髪を、二つに編んでいる若い女性だ。


『彼』と同じ種の血を持っているのだと、そこでなんとなく分かった。


 梅の着替えを手伝うことも出来ずに、しかしその目は好奇心いっぱいで着物が着付けられていくのを見ている。


 イエンタラスー夫人でさえ、やはり同じなのだから苦笑してしまう。


 夫人には既に三度ほど、この着物を着付けたことがあるというのに。


 使用人の女性の目が、キラキラと梅を映している。


 すっかり、彼女の着物が気に入ったようだ。


 ふふ。


 余り年の変わらない彼女に、梅は可愛らしいと思って、つい微笑んでしまった。


 夫人の家の使用人は、若い女性が少ないのだ。


 彼女は、梅の視線にはっと気づいて、恥ずかしそうにさがってしまったが。


「では、参りましょうか」


 夫人が、使用人に準備が出来た旨を伝える。


 先触れに行く者、付き添う者、扉を開ける者。


 あの褐色の肌の娘は、先触れに行ってしまった。


「イエンタラスー夫人……お越しになられました」


 男の執事が、別の扉の前で待っている。


 執事の後方に、彼女は恐縮そうに立っていた。


 扉が、開く。


「本日は、お招きに預かり、大変嬉しゅうございます」


 夫人は、同輩に向けて軽く腰をかがめた。


 梅は──もっと深く腰をかがめた。



 ※



「イエンタラスー夫人……お久しゅう。お会いできて嬉しいですな」


 テイタッドレック卿は、白髪になりかけた髪を、背中でひとつの結わえた初老の男だった。


 手足が長く、やせて背がとても高いその姿は、髪型以外で言えば、梅にエイブラハム・リンカーンの写真を想像させる。


「こちらが、夫人ご自慢の異国の者ですかな」


 ほうほうと。


 上に下にと、梅は男に眺められた。


 人間を見ているというよりは、人形を鑑賞しているような見方だ。


 最初の頃の、夫人とよく似た反応だった。


 どうも領主たちは、日常生活に退屈しているところがあり、珍しいものや美しいもの、文化的なものなどを日々求めている気がする。


 平和そうで何よりだ。


「梅と申します。お初にお目にかかります」


 生きている人間であることを、梅は言葉でアピールした。


 すると、テイタッドレック卿は、ほうと感心した様子をみせる。


「これはこれは、よい発音ですな……ふむ、美しい」


 どうやら、卿の及第点はいただけたようだ。


「梅は、竪琴も美しく弾きますのよ……是非後ほどお聞かせしたいわ」


 自分の手柄のように、夫人も鼻高々だ。


「それはそれは……では、夕食の後にでも……」


 そこで、一度梅は部屋を出ることとなった。


 卿と夫人が、領主としての話をすることになったからである。


 あの使用人が、彼女を元の部屋へと案内してくれようとした時。


 向かいから、褐色の髪を長く垂らした青年が歩いてくるのが見えた。


 使用人は、さっと脇へとよける。


 ああ。


 梅も、それに倣った。


 おそらく、テイタッドレック卿の血縁なのだろう。


 のっぽで手足が長いところが、そっくりだ。


 梅より少し上くらいか。


 若く、立場のある者の血縁であるせいか、やや高慢さが顔に出ていた。


 それを見ない振りをしながら、梅は彼が通り過ぎるのを待つ。


 だが。


 青年は、足を止め──彼女をじっと見たのだった。


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