表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/279

訪問

「櫛を捧げる旅路なので、あんなに髪を伸ばしてらっしゃったのですね」


 ぱけらんぽこらん。


 まったりした、荷馬車の旅が始まった。


 梅は便宜上、馬と訳したが、毛足の長い洋犬が大きくなったような生き物だった。


 この速度で、二日もゆけば隣領だそうだ。


「そうよ、あのお方たちは、みな髪を伸ばして神殿に向かう旅に出られるの」


 贈り物や、梅を自慢するための荷物を背に並べた夫人は、自分の美しく結わえた髪に手をあてる。


「ウメも、髪がとても美しいわ……どうして他の二人は、髪を整えなかったの?」


 言葉を覚えてゆく過程で、梅は菊と姉妹であると話していた。


 景子の説明には、少し困ったが。


「私たちの国では、髪は自由なんです。清潔でありさえすれば、誰からも咎められません」


 説明に、夫人は納得しかねるように、表情を曇らせる。


「この国の領主たちにとって、髪はとても大切なものなの」


 イエンタラスー夫人は、領主という立場であることを聞かされていた。


 領地と、その領民をたばねる長である。


「女領主たちは、髪を長く美しく整えておかねばならないし、男領主たちも肩より短くすることは出来ないわ」


 夫人の言葉に、梅は長髪だらけの男を想像して、少し苦手な気分になった。


 父親も祖父も、非常に髪が短かったからだ。


 これから連れて行かれるところにも、長髪の男領主が待っているのだろうか。


「わたくしたちは、髪に力が宿ると信じているの。だから、短くしないようにするのよ」


 なるほど。


 だから、『彼』はあんなにも髪が長かったのか。


 編んだ髪を、首に幾重にも巻きつけているほど。


 この世界では、『神』ではなく『髪』なのね。


 日本語で、くだらないだじゃれが、頭をよぎってしまった。


「ウメ……気分でも悪いの? 少し、顔が赤いわよ」


 自分で自分の考えに笑ってしまいそうになって、つい我慢しましたなんて。


「いいえ……大丈夫ですわ」


 梅には、言えそうになかった。



 ※



 梅は──すっかり疲れ果てていた。


 いくら荷馬車の上とは言え、長時間ぐらぐら揺れ続ける移動に、慣れているわけではないのだ。


 夫人が心配する中、二日目の彼女はずっと荷馬車に横たわっていた。


 夕刻。


「ウメ、もうじきよ。じき、テイタッドレック卿のお屋敷よ」


 町に入る門をくぐった時、イエンタラスー夫人は明るい声を出した。


 重い頭を、彼女はようやく起こしたのだ。


 荷馬車からは、通り過ぎた景色のみが見える。


 後ろに広がってゆく町並みは、夫人の治める町と同じように穏やかだ。


 日が沈む前に用事を済ませようと、男も女も足を急がせている。


 その足が止まって、荷馬車の方を見送るのだ。


 立派な荷馬車に、誰が乗っているのか、好奇心をおさえきれないのだろう。


 子供が、親の制止を振り切って走ってくる。


「テイタッドレック様のところへ行くの? おいらが案内してあげるよ!」


 無邪気な怖いもの知らずの子供は、そう叫んで近づこうとしたが、近くの大人に首ねっこを捕まえられて引き戻された。


 ふふ、と。


 梅は少し笑った。


 笑う元気を、もらった気がしたのだ。


 子供とは、本来ああいう無邪気なものを言うのである。


 菊と景子を連れて行った子供に、邪気があるというわけではない。


 ただ、比較対象があると、やはり『彼』は異質であった。


 たとえ、領主の上の地位にいる者の子息であったとしても。


 まだ、梅の知らないことがたくさんあるのだろう。


 イエンタラスー夫人も、無事彼らの旅が終わったと報告がきたら、ゆっくり話をしてくれると言った。


 もし、旅が失敗に終わったら、話すことが全て無駄になるのだと。


 彼女は、そういう考えの持ち主のようだった。


 荷馬車が、止まる。


 御者兼警護の三人の男が、素早く降りてきて荷馬車に足場を作る。


「ウメ……立てるかしら? 抱いていってもらう?」


 夫人は、彼女に問いかけた。


「立って参りましょう」


 初めての訪問で、みっともないところを見せるわけにはいかない。


 梅は、男に手を取ってもらいながら、ゆっくりと立ち上がったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ