いいところ
☆
そっか。
部屋に戻ったら、シャンデルと二人きりになる。
いつもの野宿とは、違うのだ。
さっきがさっきだっただけに、景子はアディマを心配していた。
いくら、アディマが子供ならざる者と分かっていたとしても、身体はとても小さい。
ダイや菊と引き離されたら、景子でさえ負けないような気がするくらい。
身分が高いせいで、どこからか恨みでも買っているのだろうか。
景子が、うーんうーんとベッドに座って考え込んでいると。
ノッカーが鳴った。
「ど、どなた?」
答えたのは、シャンデル。
音にびくついて、声が上ずっている。
彼女もまだ、さっきの事件を引きずっているのだ。
「僕だ───」
声は、アディマだった。
瞬間。
シャンデルの姿勢がぴんと伸びて、大急ぎで扉を開く。
無礼を、とでも言わんばかりに腰をかがめようとする彼女を、手で押しとどめた。
アディマのすぐ後ろには、ダイが立っている。
「───」
言葉を受けて、シャンデルは何故か、一度景子の方を振り返った後。
「はい」
と答えるや、解いていなかった自分の荷物をひっつかんで、部屋を出て行ってしまったのだ。
「……え?」
驚きは、そのまま声になる。
景子は、入ってきたアディマと、出て行ったシャンデルを、同じ視界の中で見てしまったのだ。
ダイを見ると、彼は肩をそびやかすや──扉を閉めてしまったのである。
えええええ!?
だが、同時に。
ドアの向こうで、ドスンと座り込む音もまた、聞こえたのだ。
そこで、番をする気なのか。
「アディマ……ここ……寝る?」
たどたどしい言葉で、景子が問いかけると。
彼は、ゆっくりと肯いたのだった。
※
二つのベッドの、向こうとこっち。
元々、ランプ1つという小さな明かりしかない部屋だ。
消してしまえば、何も見えなくなるくらい。
その上、景子はメガネを外すのだ。
横になってアディマの方を見ても、顔がこっちを向いているんじゃないかな、くらいしか分からない。
「アディマ……怖い?」
いろいろ聞きたいことのある中で、景子が一番最初に選択したのは、それだった。
言葉が少なくて済むのもあるが、あんな事件がこれまで周囲で何度も起きているはずなのだ。
とても、心穏やかではいられないだろう。
微かに、黒い影がみじろぐように動く。
「……怖くないよ」
ゆっくりとした答え。
逆に、景子が怖かったのではないかと、心配しているようにさえ感じる音だ。
ひとつ、深呼吸をして。
「アディマ……どこ……行く?」
ついに、彼女はそれを聞いた。
多分、こんな単語と。
ようやく拾った言葉を、頭の中でつなげたのだ。
「遠く……─の向こうの──に行くよ」
ゆっくりとした言葉で言ってくれたが、地域の名前なのか、はたまた別のものなのか判別できない。
だが、まだ時間がかかるということだけは、最初の言葉で分かった。
「いいところ?」
それは、アディマにとって、という意味だ。
こんな、何かに命を狙われる旅が、そこに到着すれば終わるのか。
「……」
よく、見えなかったけれども。
アディマが、少し笑ったような気がした。
「うん……いいところだよ。そこで僕は───」
また、分からなくなる。
けれども。
目的地が、いいところだと聞いて、景子はとても安心したのだ。
そこでアディマは、この大変な旅から解放されるのだろう、と。
そっか。
つらいことも、苦しいことも、ちゃんと終わりがあるのだと分かれば、結構人は耐えていける。
ほっとしたら。
旅と精神的疲労で──眠くなった。




