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哀れな二人

 シャンデルが、自分の袋に詰められないほど、太陽の果実を詰め込もうとした。


 リサーの行動も同じだった。


 100年に1度しか実らない果実なのだとしたら、その貴重さは伺い知れる。


 実をもがれるたびに、木が光を失っていくのが分かった。


 そんな光景は、何度も見たことがある。


 実をつけるために、木は力の全てを注ぐのだ。


 その実が落ちると、ほっとしたように光を落とす。


 また次の実が実るまで、少しずつ少しずつ回復してゆくのだ。


 その準備に、この木は100年もかかるという。


 景子は、太くしっかりした幹をなでた。


 ここは、決して日当たりがよくない。


 そんな中、懸命に美しい実をつけたのだ。


 そして。


 景子が生きている間に、もうこの実が次に実ることはない。


 そんな彼女に。


 ダイが、実を差し出す。


 大きな手のおかげで、その手には二つの果実がのせられていた。


 一つだけもらおうとしたら、もう一つ促される。


 両手に一つずつ、景子は太陽を握った。


 菊にも同じように。


 ダイが、一つそのままかぶりついた。


 橙色の果実は、しゃりっと瑞々しい音を立てる。


 リサーとシャンデルは嫌そうだったが、菊はあっさりそれにならった。


「あー……すごい甘い」


 そこは、日本語だ。


 景子は、ごくりと喉を鳴らした自分に気づいて、あわててきょろきょろする。


 誰かにそれを聞かれていないか、気になったのだ。


 そして。


 歯を立ててみた。


 甘露、とはこういう味なのか。


 蜂蜜のような凝縮された甘みと、微かな酸味が口の中に広がる。


「おいしい……」


 景子は、覚えた言葉を使ってアディマに伝えてみた。


 言葉は下手でも、いまの彼女の顔を見れば、きっと一目瞭然だろう。


 アディマの歯が、ゆっくりと実を噛み閉めた。


「これが……太陽の──」


 太陽の味なのか。


 アディマは、そう言ったのかもしれない。



 ※



 ダイの手の届く範囲の実を取り、袋を膨らませた一行は、再び元の道へと戻った。


 景子は、実以外にいくつかのお土産をもらった。


 一つは、太陽の木の枝を一本。


 ダイに頼んで、短い枝を小刀で落としてもらったのだ。


 そして──食べた果実の種。


 継げるかどうか分からないし、種が芽を出すかどうか分からない。


 しかし、職業病のようなものだった。


 その日の夕刻近く。


 いくつめかの町についた。


 旅人の彼らを、町の人が次々と振り返る。


 理由は分かっていた。


 彼らから、甘い匂いがただよっているのだ。


 森の道から木まで、結構あったために匂いまでは届かなかったが、すれ違う人々にはよく分かるようだ。


 特に、たっぷり抱えて重い思いをしているリサーとシャンデルは、甘い香りの塊みたいなものだった。


「──果物? 売っ──?」


 匂いと商売に敏感な男が、リサーに声をかける。


 彼は追い払おうとしたが、匂いがたまらないのか、一向に離れようとしなかった。


 ダイが、ちらりとアディマを見た。


 彼に、何かを期待している視線に感じる。


 周囲の人が、増えてゆく。


 旅人が、何か珍しいものを持って町に入ってきた。


 その好奇心に、群がっているのだ。


 ダイが、アディマをかばうように歩いているが、これでは埒があかない。


 子供ならざる者は、足を止めた。


 そして、周囲を見まわすのだ。


「──果物─店─?」


 朗々として高く弦楽器のような声で、アディマは町人の雑音を、一瞬にして止めた。


 すると、最初に付きまとった商人らしき男が、最初の強引さは嘘のようにおずおずと手を上げる。


 アディマが彼を見ると、射すくめられたように男はびくっとした。


「─果物─売─?」


 続けて問うと、男は指を3つ掲げた。


 アディマは、それに頷いて。


 その後に、リサーとシャンデルを見ると、二人はがっかりと肩を落としたのだった。



 ※



 野菜と果物を扱うような店先に到着すると、アディマはもう一度リサーとシャンデルを見た。


 しぶしぶ。


 彼らは、ようやく自分の重い荷物を下ろし始める。


 袋の口が開いた瞬間。


「……!」


 果物店の店主は、声もなく固まった。


 そして。


 ばっと顔を上げた後、猛烈に何かを計算するような動きを始める。


 指を何本も上げたり下げたりして、どうやらこの果実に値段をつけている様子だ。


 その様子に。


「この村──果物─?」


 アディマが、何か問いかけると、店主は一瞬沈黙した。


「──30ダム─」


 次に、おそるおそる指を三本立てるではないか。


 こくりとアディマが頷くと、リサーが何か言いたてようとする。


 明らかなる抗議だ。


 それを、彼は手でおしとどめた。


 こうなるともう、リサーは何も言えなくなる。


 そして、太陽の果実は男の手へと受け渡された。


 溢れだす橙色の実に、町人は歓声をあげる。


 一斉に、店頭に群がろうとした。


 その動きを、バンと男は棚を叩いて押しとどめる。


「この果物は─30ダム─売る─1家に1─」


 商売に必要な大声は、アディマとは別の意味で遠くまで通った。


 顔を見合わせる町人。


 周囲の群衆は、歓声を上げた。


 シャンデルは、もはや泣きそうだった。


 リサーは、果物屋を見ないようにしている。


 そして。


 一瞬にして、果物は完売した。


 果物屋の男は、町の人間をすべて把握しているのだろう。


 誰に売るべきか、きちんと分かっているようだった。


 刃物を持ち出し、切り売りをする場面もあった。


 そして、群がっていた人々は、みな溢れんばかりの笑顔で家路へと向かうのだ。


 残ったのは。


 手についた果汁をなめる幸せそうな男と、アディマ一行。


 その中で──二人ほど、再起不能状態だった。

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