哀れな二人
☆
シャンデルが、自分の袋に詰められないほど、太陽の果実を詰め込もうとした。
リサーの行動も同じだった。
100年に1度しか実らない果実なのだとしたら、その貴重さは伺い知れる。
実をもがれるたびに、木が光を失っていくのが分かった。
そんな光景は、何度も見たことがある。
実をつけるために、木は力の全てを注ぐのだ。
その実が落ちると、ほっとしたように光を落とす。
また次の実が実るまで、少しずつ少しずつ回復してゆくのだ。
その準備に、この木は100年もかかるという。
景子は、太くしっかりした幹をなでた。
ここは、決して日当たりがよくない。
そんな中、懸命に美しい実をつけたのだ。
そして。
景子が生きている間に、もうこの実が次に実ることはない。
そんな彼女に。
ダイが、実を差し出す。
大きな手のおかげで、その手には二つの果実がのせられていた。
一つだけもらおうとしたら、もう一つ促される。
両手に一つずつ、景子は太陽を握った。
菊にも同じように。
ダイが、一つそのままかぶりついた。
橙色の果実は、しゃりっと瑞々しい音を立てる。
リサーとシャンデルは嫌そうだったが、菊はあっさりそれにならった。
「あー……すごい甘い」
そこは、日本語だ。
景子は、ごくりと喉を鳴らした自分に気づいて、あわててきょろきょろする。
誰かにそれを聞かれていないか、気になったのだ。
そして。
歯を立ててみた。
甘露、とはこういう味なのか。
蜂蜜のような凝縮された甘みと、微かな酸味が口の中に広がる。
「おいしい……」
景子は、覚えた言葉を使ってアディマに伝えてみた。
言葉は下手でも、いまの彼女の顔を見れば、きっと一目瞭然だろう。
アディマの歯が、ゆっくりと実を噛み閉めた。
「これが……太陽の──」
太陽の味なのか。
アディマは、そう言ったのかもしれない。
※
ダイの手の届く範囲の実を取り、袋を膨らませた一行は、再び元の道へと戻った。
景子は、実以外にいくつかのお土産をもらった。
一つは、太陽の木の枝を一本。
ダイに頼んで、短い枝を小刀で落としてもらったのだ。
そして──食べた果実の種。
継げるかどうか分からないし、種が芽を出すかどうか分からない。
しかし、職業病のようなものだった。
その日の夕刻近く。
いくつめかの町についた。
旅人の彼らを、町の人が次々と振り返る。
理由は分かっていた。
彼らから、甘い匂いがただよっているのだ。
森の道から木まで、結構あったために匂いまでは届かなかったが、すれ違う人々にはよく分かるようだ。
特に、たっぷり抱えて重い思いをしているリサーとシャンデルは、甘い香りの塊みたいなものだった。
「──果物? 売っ──?」
匂いと商売に敏感な男が、リサーに声をかける。
彼は追い払おうとしたが、匂いがたまらないのか、一向に離れようとしなかった。
ダイが、ちらりとアディマを見た。
彼に、何かを期待している視線に感じる。
周囲の人が、増えてゆく。
旅人が、何か珍しいものを持って町に入ってきた。
その好奇心に、群がっているのだ。
ダイが、アディマをかばうように歩いているが、これでは埒があかない。
子供ならざる者は、足を止めた。
そして、周囲を見まわすのだ。
「──果物─店─?」
朗々として高く弦楽器のような声で、アディマは町人の雑音を、一瞬にして止めた。
すると、最初に付きまとった商人らしき男が、最初の強引さは嘘のようにおずおずと手を上げる。
アディマが彼を見ると、射すくめられたように男はびくっとした。
「─果物─売─?」
続けて問うと、男は指を3つ掲げた。
アディマは、それに頷いて。
その後に、リサーとシャンデルを見ると、二人はがっかりと肩を落としたのだった。
※
野菜と果物を扱うような店先に到着すると、アディマはもう一度リサーとシャンデルを見た。
しぶしぶ。
彼らは、ようやく自分の重い荷物を下ろし始める。
袋の口が開いた瞬間。
「……!」
果物店の店主は、声もなく固まった。
そして。
ばっと顔を上げた後、猛烈に何かを計算するような動きを始める。
指を何本も上げたり下げたりして、どうやらこの果実に値段をつけている様子だ。
その様子に。
「この村──果物─?」
アディマが、何か問いかけると、店主は一瞬沈黙した。
「──30ダム─」
次に、おそるおそる指を三本立てるではないか。
こくりとアディマが頷くと、リサーが何か言いたてようとする。
明らかなる抗議だ。
それを、彼は手でおしとどめた。
こうなるともう、リサーは何も言えなくなる。
そして、太陽の果実は男の手へと受け渡された。
溢れだす橙色の実に、町人は歓声をあげる。
一斉に、店頭に群がろうとした。
その動きを、バンと男は棚を叩いて押しとどめる。
「この果物は─30ダム─売る─1家に1─」
商売に必要な大声は、アディマとは別の意味で遠くまで通った。
顔を見合わせる町人。
周囲の群衆は、歓声を上げた。
シャンデルは、もはや泣きそうだった。
リサーは、果物屋を見ないようにしている。
そして。
一瞬にして、果物は完売した。
果物屋の男は、町の人間をすべて把握しているのだろう。
誰に売るべきか、きちんと分かっているようだった。
刃物を持ち出し、切り売りをする場面もあった。
そして、群がっていた人々は、みな溢れんばかりの笑顔で家路へと向かうのだ。
残ったのは。
手についた果汁をなめる幸せそうな男と、アディマ一行。
その中で──二人ほど、再起不能状態だった。




