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「式は挙げないのか?」
東翼の御方に突然、そんなことを言われて、ダイは驚いた。
正式に報告はしていないのに、既に彼が知っていたからだ。
おそらく、リサーだろう。
しかし、別段責める口調でも何でもない。
それどころか、結婚を後押しする言葉でもあった。
式。
ダイは、言葉に困った。
結婚を申し込みはしたものの、戸籍上のことが出来るわけでもないし、式なるものをどうやって挙げるかも、よく分からなかったのだ。
彼の生まれた村には神殿はなく、村長を立会人にした式は何度か見たことがあったが。
「近衛隊長の式なのだ。本来ならば、軍令府の府長級が立会人をやってもおかしくはないし、神殿を使って神式を取ることもできる……何なら、私が立会人をやってもいい」
一番最後に、何気なく並べられたものが、一番とんでもなかった。
「あまり仰々しいものは……苦手でして」
それらを、穏やかに差し戻すための言葉を、何とか吐き出す。
きっと、キクも望まないだろう。
そんなダイの態度に、彼は穏やかに微笑んで。
「ならば……あの二人にこの国の戸籍を作る……それでは、どうか?」
あの二人。
結婚話は、ふわりと違うところへと着地した。
キクとウメを、この国の人間としてはどうかと言っているのだ。
ああ。
少しだけ、この御方の心が見えた気がした。
その心のどこかに、不安があるのだ。
東翼妃とした今でも、彼女がいつかいなくなってしまうのでは、と。
その、東翼妃と同じ境遇の女を、妻にしようというのだ。
戸籍を作ることが、キクがこの国に一生留まる材料のひとつになればと考えてくれたのだろうか。
「お心遣い、痛み入ります」
二人に、聞かなければならない。
この国の人間に、なる気があるかどうか。
何故だろう。
ウメが頷く姿だけは、すぐに想像が出来た。
※
「ありがとうございます……喜んでお受けいたします」
赤ん坊を抱いたウメは、すぐに頷いた。
訪ねた家にいるのは、女が三人。
エンチェルクは、自分の主人の決定を、本当に嬉しそうに見守っている。
子が出来ると、女はそうなのだろうか。
東翼妃もウメも、肝が据わるというか。
生き場所を、しっかりと見つけた目をしている。
キクは、黙っていた。
考えているのだろう。
何を、考えているのだろうか。
「人に……」
キクが、小さく切り出した。
「人に……お前は誰だと問われたら、私はいつも『日本人だ』と答えてきた」
腰にいつも下げる、不思議な剣。
衣装こそ、いまこちらの国のものを身につけてはいるが、その立ち姿は誰にも似てはいない。
「私は……日本人のまま、お前の妻になりたいと思っている」
まっすぐな声。
誇り高い声。
美しい女。
そうだな。
ダイは、分かっていた。
この女を、妻にしようと思ったのだ。
分かっていたことではないか。
彼女は、最初から自分の生まれた国を誇っていた。
それを、自分の背から簡単には下ろせないのだ。
「死ぬまで、私は『日本人だ』と名乗りたい」
まっすぐにダイを見る瞳は、最初に会った時のまま。
ウメという荷物を、彼女は下ろした。
また、風のような女になるのだろう。
「分かった」
ダイは、答えながらも一つだけ決意していた。
「キク……」
ウメがいる。
エンチェルクがいる。
そんな中で、彼女を呼んだ。
「キク……式を挙げよう」




