困った男
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あくびをしながら外に出ると、遠巻きにダイが立っていた。
辺りは随分と薄暗くなっていたが、それでも彼の大きな身体は、見間違えようがない。
「来てたなら、入ればよかったのに」
菊が近づきながら声を投げかけると、彼は少しだけほっとした表情をした。
ああ。
それで、ようやく分かった。
ダイは、梅の出産がうまくいったかどうか分からずに、遠慮していたのだと。
歌声も聞こえず、家に灯もいれずに真っ暗なままだったのだ。
もしや、出産に失敗して不幸なことになっているのでは。
そう考えられていたのかもしれない。
「みんな疲れ果てて寝てるだけだよ。トーは、どこかに行ってしまったけどね」
かくいう菊も、ついさっきまでうとうとしていたのだ。
「女の子だよ。梅には、あんまり似てないかな」
栗毛の娘。
産まれてすぐ、とてもとても大きな声で泣いた。
本当に、梅に似ていなかった。
少なくとも、肺は確実に。
それほど、大きな泣き声だったのだ。
梅は、赤ん坊を一度抱いた後、トーの方を見た。
『この子に、祝福をお願い出来るかしら』
夜を背負う男は、まつげを震わせた。
『健やかなれ……』
赤ん坊の額に指を触れ、そこから声の振動を伝えるかのように、トーは呟いたのだ。
そして、男は去って行った。
残された女たちは、余りにほっとしすぎて。
ばたばたと、倒れ果てた。
菊でさえ、うとうととしてしまうほど。
そんな女たちの家の夕暮れを、遠巻きに見守ってくれていた男がいた。
「よかったな」
大きな手が、伸ばされかけたが──その手のやり場が分からないように、結局下ろされた。
困った男だ。
菊は、笑った。
彼女のどこに触ろうと、許される男になったというのに。




