代わってあげたい
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時は、満ちる。
それは、19日だった。
不吉な不吉な、19日。
エンチェルクは、町を走っていた。
通りは、おそろしいほどひっそりしていて、ここが都かどうか心配になるほど。
しかし、産婆だけはこの日も働いてくれる。
産まれる子供は、日を選べないからだ。
よりにもよって、こんな日に。
エンチェルクは、泣きたかった。
19日生まれの子は、早死にするとか、出世しないとか。
そんな迷信は、この世界にはごろごろしている。
まるで、ウメが祝福されない子供を産むかのように思えたのだ。
そんなことない。
産婆を急かそうとしても、彼女はゆっくりゆっくり歩く。
「大丈夫、大丈夫」
気が気でないエンチェルクを、彼女は朗らかに諌める。
「さっき陣痛が始まったなら、まだまだ大丈夫。19日の子は、ほとんど夜に産まれるからね」
高い位置にあるお日様を指しながら、悠長なことを言ってくれるのだ。
夜まで。
ぞっとした。
夜まで、ずっとウメは苦しむというのか。
あの細い身体で、弱い身体で。
「も、もっと早く産まれませんか?」
怖くてたまらなくなってきて、エンチェルクは思わず聞いてしまった。
「それは、無理な話だね。赤ん坊は、太陽の御方にだって早く産ませられないよ」
そう笑われても、彼女は肩の力を抜けない。
ああ、どうしようどうしよう。
わきあがる不安を止められないまま、エンチェルクは歩くしか出来ない。
「おや」
産婆が、ふと視線を上げた。
エンチェルクもまた、引っ張られるように視線を上げる。
歌が──聞こえたのだ。
※
ウメは、安らかに横たわっていた。
大きなお腹に乗せられた、大きな手。
トーが、歌っていた。
「おやおや、お父さんは楽士さんかい」
その光景を見て、エンチェルクは本当にほっとした。
白い髪の男が、来てくれたのだ。
最初こそ、彼女はこの男を好きではなかった。
しかし、ウメがおなかの子に苦しめられている間に、感謝は山積みになっていったのだ。
「歌を聞きながら出産とは、何と贅沢なことだろうね」
歌声に、産婆も心地よさそうだった。
「夜明けの歌だよ」
キクも、心地よさそうに壁にもたれている。
これから、子供を産む部屋とは思えないおだやかさだ。
ああ、助かった。
エンチェルクは、へなへなと腰が砕けて座り込む。
本当は、19日でも何でもよかったのだ。
ウメが無事で、おなかの子が無事ならば。
ただでさえ不安要素が山積みなのに、そのてっぺんに19日がどすんと座り込んだ事実が、彼女を余計に苦しめていただけ。
「大丈夫よ、エンチェルク」
出来るだけゆっくりと、とにかくゆっくりと。
ウメは、呼吸をしようと努力している。
その息の合間に、名を呼んでくれた。
「おや……随分と早く産まれそうないい子だね」
ウメを診た産婆が、トーに言う。
完全に、父親だと勘違いしているのだ。
「きっと、お腹の子も夜明けだと勘違いしたんだな。早く産まれないと、産まれそこなうと慌てているんだろう」
キクが、笑う。
歌が、繰り返される。
朝が来る、朝が来る、と。
月は落ち、日はもうそこまで来ている、と。
「うっ」
ウメが、苦しそうにうめいた。
ああ。
慌ててエンチェルクは立ち上がり、彼女の側へと駆け寄る。
そして、その手を取った。
代わってやることなど、出来ないのだ。
ただ、ぎゅっと握った。




