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至上の幸運

 違う国の言葉を話すっていうのは、度胸がいる。


 景子は、英語の時に十分その難関を味わっていた。


 赤ん坊のようなたどたどしいしゃべりを、相手に聞かれてしまうのだ。


 照れが、大爆発してしまうのである。


 それを、アディマに頼むなんて。


 しかし、その機会は遠からず訪れた。


 昼時。


 休憩も兼ねて、森の中で昼食が始まったのだ。


 ダイの担いでいた大きな袋から、干し肉やパンなどの携帯食料が引っ張り出される。


 そんな食事中、小さな生き物が現れたのだ。


 それは一度足を止め、遠巻きにこっちを見る。


 しっぽのないリス、に近いだろうか。


 それを見て、アディマが。


「──」


 一言だけ、言葉を発したのだ。


 何の付属の言葉もない、短い一言。


「──?」


 景子は、あっと思って同じように繰り返してみた。


 微妙な音が入るので、カタカナに慣れた景子には、少し難しいもの。


 アディマが、もう一度繰り返す。


 景子は、微妙なところを修正してみた。


 アディマが──優しく目を細めた。


 及第点だぁぁぁ。


 景子は、先生にほめられた子供のように、嬉しさに顔を崩す。


「ふんふん、──」


 菊も、ぼそっと口の中で呟いているようだった。


 リサーは、非常に複雑な表情でその様子を見ている。


 アディマ自らが先生になるというのが、どうにも気に入らないのだろう。


 すると。


 彼はいきなり立ち上がり、指を差しながら、目につくものを片っ端から発音し始めるではないか。


 自分が、アディマの代わりをやろうと思ったのだろう。


 しかし、それは。


 速すぎて多すぎて、景子の耳に留まるものは一つもなかったのだった。



 ※



「私は、景子です」


 最初に覚えたこの国の文章が、それだった。


 長い旅は、少しずつ少しずつ新しい言葉を増やしていってくれる。


 夜の暗い月の下で野宿をする時、彼女はは寝物語のようにアディマの言葉を聞くことが出来た。


 すぐ側で、眠れるようになったのだ。


 最初は、リサーが不満をあらわにしていたが、ついにはあきらめたようだ。


 そのおかげで。


「アディマ、おはよう……いい天気ね」


 起きた後、この国の言葉で、一番最初にそう話しかけられるようになっていた。


「おはよう、ケーコ……うん、いい天気だ」


 浅い洞窟から見える外の空に、アディマはその金褐色の瞳を細める。


 景子は、最初に植物の名前を制覇していった。


 職業柄、それを覚えるのは得意だったのだ。


 花屋で扱う植物は、外来種も大変多いので、漢字ではない植物名に慣れていたおかげだろう。


 覚えた植物を、見かける度に唇の中で繰り返す。


 植物に詳しいのは、シャンデルだった。


 花の名前を聞いた時、男たちの誰も名前を知らなかったことがあったのだ。


 それにたまりかねたように、彼女が名前を口にしたのが始まりだった。


 その後、シャンデルが植物担当のような扱いになったのである。


 本人は、不承不承という様子だったが。


「ケーコ─植物─好き──?」


 部分的に、分かる言葉で理解できた。


「好き、大好き」


 つい、にこにこして答えてしまう。


 植物は、景子にいつも優しいのだ。


 昼は明るい色で、目を楽しませてくれるし、夜は光って彼女を助けてくれる。


 薄暗い森の中でも、植物の光があるおかげで、楽しく歩けるのだ。


 そんな彼女の目に。


 ひときわ光る樹木が、遠くに映った。


 何かの実をつけている──そんな色の光だったし、他の木と光り方そのものが違うのだ。


「アディマ……木……果物?」


 何とか単語を引っ張り出して、景子はアディマの意識を引いた。


 ダイが目をこらす。


「太陽……?」


 呟かれた言葉に、菊以外が一斉にそっちを見た。



 ※



 道を外れても、そこは行くべきところだったようだ。


 森の中、ダイを先頭に彼らはその木を目指すのである。


 近づくにつれ、アディマが瞳を眩しそうに細めてゆく。


「うん、そうだ」


 輝く橙色の実をたわわにつけた、威厳ある木だった。


 ダイが一度神妙に、自分の眉間に指をあてた後、大きな背を生かして実をひとつもぎ取る。


 その実は、アディマに捧げられた。


「ケーコ……これは、太陽の果物だよ」


 彼は実を、空に掲げる。


 木々の間から入る太陽に、かざそうとしたのだろうか。


 そうせずとも、景子の目には眩しいほどだった。


 リサーもシャンデルも、木や実を興奮して見つめている。


 太陽の果物……ミカンみたいなものかしら。


 景子は、とぼけたことを考えていた。


「それ……珍しい?」


 菊が、ブツ切り単語で問いかける。


 シャンデルが、とんでもないという目で振り返った。


「太陽の果物……──!」


 早口でよく分からないが、相当珍しいもののようだ。


「100─1─」


 アディマの口から、数字が出てきた。


 100? 1?


 子供が覚える数字のわらべ歌を習ったおかげで、景子はこの世界の数字を理解していた。


 歌わされたのは、シャンデルだったが。


 無愛想なまま、しかし、指を折りながら歌ってくれたので、それが数字の歌だと分かったのだ。


 100と1


 100回に1回、100度に1度──100年に1年。


 100年に1回!?


 景子の頭の中で、それらしいものとつながって仰天した。


「至上の幸運」


 アディマの声で、景子は新しい言葉をまた一つ覚えた。


 美しい言葉だった。


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