たったそれだけのこと
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「あっはっは……それは、私も見たかったな」
リサーの報告が、余りに愉快なもので、アディマは思わず笑い声をあげてしまった。
「笑いごとではございません! あの男は、賢者の権威など、何一つ分かっていないのです」
真面目な片腕は、アディマからダイに苦言を呈することを期待している。
だが、彼にはそう出来そうになかった。
ダイを連れて旅に出ると決めたのは、自分なのだ。
当時、それには勿論、猛烈な反対があった。
帰ってくれば賢者、という席が用意されているからだ。
だが、父親は存外簡単に許可を出した。
『自分の命を預ける人間を、肩書だけで選ぶ馬鹿がどこにいる』
父も、苦労して成人の旅をこなしたのだと、その言葉でよく分かる。
ダイは、旅路でしっかりと働いた。
文字通り、身体を張って働いたのだ。
彼は、何も望んではいなかった。
昇進も賢者も、最初から欲しいと思っていなかったのである。
そんな男が。
女を欲しいといったのだ。
アディマが知る限り、初めて聞いた彼の自己主張。
何故、たったそれだけのことを、叶えてやれないのか。
おかしな話だ。
「結婚くらい、好きにさせてやれ」
「我が君!」
めまいを禁じ得ないでいるリサーは、彼の心変わりを望んでいた。
「あんまり縛りつけると、駆け落ちしてしまうぞ」
笑いが、こみ上げる。
本当にやってしまいそうだと、思ってしまったからだ。
「いっそ、出て行ってしまえばいいのです」
リサーの言葉は、痛烈だった。
そうすれば、賢者の席がひとつ無条件で空く。
そこに、もっと相応しいものを座らせればいいと、思っているのか。
アディマは、すっと目を細めた。
「聞き捨てならんぞ、リサードリエック……お前は、私を賢者予定者に逃げられた主君にする気か」
低めた声に。
リサーは、はっと言葉を飲み込んだのだった。




