初荷
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「いよいよですね」
リクが、家を訪ねてきた。
ここしばらくは、都近辺にいてくれて、飛脚開設に奔走してくれていたのだ。
ようやく明日、初荷が動くことになった。
都と隣領に店を持つ布問屋の主人が、近辺の飛脚問屋を引き受けてくれている。
元々、頻繁に荷を移動させていた人だ。
既にある荷馬車や人を使うので、失敗してもさしたる痛手にはならない。
文句なしの条件だったおかげで、リクの交渉もさして難しいことではなかったようだ。
ただ、その目のつけどころが素晴らしいと、ウメは思った。
彼女は、漠然と裕福な商人と思っていたが、リクは彼女の望みに見事に合う適格者を選び出したのだから。
衣食住。
人が、必要とする3つの要素の内、動かせるものは2つ。
そのうち食に関しては、穀類以外、大きく国の中を動くことはない。
そうなると、衣──布関係だ。
各領地には領主がおり、必ず地元の有力な布問屋や仕立て屋と取引がある。
領主らしい衣装を、必要としているからだ。
それに、地元の裕福な商人。
勿論、一般人も衣服は着なければならないし、安くあげるためには布を買い、自分で仕立てる。
布は、腐るものではないから、少々遠いところからでも買い付けて運べるのだ。
非常にゆっくりだが、流行りすたりもあり、情報も必要になる。
本当に、飛脚問屋にうってつけの職業だった。
既に商人は、町の人へ宣伝を済ませていて、明日の初荷には持ち寄られることになるだろう。
「私も、荷をお願いするわ」
梅は、文をしたためていた。
書いても書いても、止まらない尽きない分厚い手紙になった。
イエンタラスー夫人宛てだった。
「あの……私も」
エンチェルクは、そう遠くない家族への手紙。
働きに出て、初めて出す手紙だという。
自分が都へ来ていることも、まだ伝えられていないのだ。
明日20日。
この国の血管を──情報という血が流れ始める。
※
20日は、空も高く晴れ上がり、美しい天気だった。
飛脚問屋の前には、物珍しさで大きな人だかりが出来ている。
商家の者たちは、たいていが読み書きが出来るので、親戚などへの手紙を荷として預ける者が多い。
豪商たちは、付き合いのある布問屋へのご祝儀代わりか、はたまた自分の栄華を誇示する見栄か、大きな物の配達を頼んでいる。
遠くへ嫁いだ娘へ、親へ、親戚へ、領主へ。
次々と、荷札がつけられていく。
そして、仕分けされていく、
荷馬車は四つ。
それぞれの方角の、一番近い町まで往復する。
そこから先は、次の問屋の荷馬車に受け渡されるのだ。
最終的にたどりつく先は、四つの神殿。
今回は、イデアメリトスのお方の計らいで、四神殿への当たり障りのない手紙も託されていた。
これには、布問屋の主人も大喜びだった。
必ずや、素早く届けて見せますと、鼻息も荒く誓ったのだ。
事前に宣伝はされていたにせよ知らぬ者も多く、祭のような騒ぎに、どんどん野次馬が集まってくる。
紙やペンを貸す商売を始める者が現れ、その場で手紙をしたためる者まで出る始末。
人ごみの中に、シェローやその母親を見つけた。
宮殿で知り合った学者や、マリスもいた。
ちらっと景子が見えた気がしたが、見なかったことにする。
本物だとしたら、絶対にお忍びだろうから。
こんな人の多いところに出てくる正妃だ。
護衛も大変だろう。
ちょうど正午の出発が、次から次への大盛況で、なかなか出発出来ないでいる。
ウメは飛脚問屋の中から、その混雑の光景を見ていた。
隣にいるのは、ヤイクだけ。
気がついたらエンチェルクは、荷の手伝いに走り回っていたのだ。
「大騒ぎだな」
ヤイクが、理解できないという顔で言った。
「ええ、そうね……でも、これがそのうち当たり前のことになるのよ」
夫人への手紙が届く日を、梅は心待ちにしている。
いま。
ここにいるみなが、自分と同じような気持ちなのだ。
シャランシャラン。
鈴が、高らかに打ち鳴らされる。
人波をかき分けるように、ようやく荷馬車は進み始めた。




