表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
253/279

なかったわけではない

 アルテンの住む屋敷に通い始めて10日ばかり。


 いつ、自分に子供が出来たと分かるだろうか。


 それ以前に、出来るのだろうか。


 病弱な身体の関係で、梅は元々ひどい生理不順だった。


 自分の身体が、子供を産むには適さないと言っているように思えて、彼女は心配していたのだ。


 そんな不安を。


 景子が、崩してくれた。


「梅さんのおなかに……赤ちゃんがいます」


 必死の、表情だった。


 彼女の身体を心配してくれる、本当に一生懸命な顔。


 景子の言葉の、裏の意味を考える前に。


「まあ……嬉しい」


 梅は、幸福に包まれたのだ。


 ああ、よかった、と。


 これで、梅は自分の命を賭け金として、テーブルに載せたことになる。


 勝つわよ。


 菊が、自分自身や他人と戦い勝ち続けてきたように、梅も自身と戦って勝つのだ。


 何故、景子がこんなにも早く、彼女の妊娠が分かったのか。


 その疑問が、軽く首をもたげる。


 しかし、疑うのも聞くのも野暮に思えた。


 きっと、それが彼女の持つ魔法なのだ。


 景子は、梅が子供を産もうなんて考えていることさえ、知りもしなかったのだから。


 梅を見た時に驚いたのは、その瞬間に妊娠に気付いたからだろう。


 何で?、と。


 合点がいくと、景子の心が手に取るように分かってくる。


 最初から、不思議な人だった。


 双子であることも、菊の性別も正確に見抜いていたのだ。


 景子には、何かが見える。


 普通の人には、見えない何かが。


 それを、彼女は悪用したりはしない。


 そんなことは、これまでの関係で、嫌というほど分かっていた。


 ならば。


 それでいいではないか。


 おかげで、梅は──自分の中の命を知ることが出来たのだから。



 ※



 夕方。


 アルテンの荷馬車が、宮殿に迎えに来る。


 梅が、今日をもって宮殿から下がるように、この荷馬車の迎えも、これで終わりだ。


 彼女を荷馬車に乗せるために、アルテンが下りてくる。


 いつも通り、彼は手を差し出しかけて、ふと動きを止めた。


 おそらく、梅の雰囲気の違いに気づいたのだろう。


「アルテンリュミッテリオ……ありがとう。良い子が産めそうです」


 動かない彼に、梅は感謝の言葉を、心をこめて語った。


 アルテンは、少し驚いた顔をした後。


 改めて、もう一度手を差し伸べた。


 梅は、首をかしげた。


 いまの言葉では、通じなかったのだろうかと。


「今夜は……私のために来て欲しい」


 言われて、梅は恥ずかしくなった。


 そうだ、と。


 子供が出来たので、もう用は済みましたなんて──彼を馬鹿にしているにも程がある。


 梅にも鈍い心があるように、アルテンにも心はあるのだ。


 彼の方が、遥かに自分よりも繊細だと思った。


 それは、この10日ほどの逢瀬でも、知ったではないか。


「喜んで……」


 梅は、その大きな手を取った。


 その手は、とても優しかった。


 昔の彼など、微塵も残していないほど、本当に梅に優しかった。


 彼女の身体に、負担をかけないように、ずっと気遣ってくれた。


 この逢瀬は。


 欲を楽しむためのものではなく。


 愛を確かめるものではなく。


 幸福を噛みしめるものではなく。


 ただ、梅の望むことを叶えるためだけの、彼女のエゴで出来たいびつなもの。


 彼女は、アルテンの好意を利用したのだ。


 だが。


 なかったわけではない。


 お互い、確かめることなど決してないが。


 そこに愛が──なかったわけではないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ