キキュ
☆
夜明け間近に町を抜けると、辺りは深い森になった。
朝日が昇ってきたらしく、少しずつ光は入ってくるものの、そこは薄暗い。
しかし、景子には朝に目覚めた木々が、生命力豊かに輝いているのが見えている。
見なれない種類の木々、植物。
彼女は、アディマたちとはぐれてしまわないよう、気をつけなければならないほど、周囲の植物に夢中になった。
途中、やや斜面がかったところにハート型をした葉を見つけ、抜いてみたい衝動にかられる。
イモ系の葉に、とてもそっくりだったからだ。
あの地面の下に、同じようなイモがあるのではないか。
そんな好奇心を押さえられなかった。
だが、旅は進む。
心を残しながらも、景子はアディマについて行くのだ。
「なあ、ダイ……どこへ向かってるんだ?」
当たり前のように日本語で話かける菊に、ダイが反応するより先に、もう一人の男が振り返った。
「───」
少し険しい表情と言葉。
何か、説教をしている風にも聞こえる。
景子が反応できずにいると、菊が嫌そうにあらぬ方を向いた。
男はため息をつき、しぶしぶと言った感じで、己の胸に触れる。
「リサードリエックリンバー……」
彼が、どうやら自己紹介をしているということに、ようやく気付いた。
やっぱり長い。
フルネームだとしたら、どこで切ったらいいのか分からない。
そして、同時に景子は気づいた。
菊が、これまで一度も名乗っていないことを。
「菊」
対する日本人の名前の、なんと短いことか。
リサーは、呆れた顔をした後。
「キキュ……」
見事に──噛んだ。
ぶふっと。
あのダイが、笑った。
アディマも、笑った。
女性だけが、違う方を向いたまま歩いているが、微かに耳が赤くなっている気がした。
「ゴホン……」
リサーは、大きく咳払いをして何故か景子を睨んだ。
何で私にとばっちりーーっ。
※
「キキュ……───」
やっぱり発音できないまま、リサーが歩きながら説教の続きを始めたようだ。
名前を知ろうとしたのは、呼びかける手段がなくては注意を引けないと思ったからなのか。
真面目そうな人だ。
景子にも、だんだんリサーの性格が見えてきた。
この旅のメンバーの中では、アディマの次に身分が高く、そして旅そのものの仕切り役のようだ。
だから、不確定要素の菊や景子を、若干警戒している様子が見てとれた。
アディマの言うことには従うが、それ以外は彼の言うことに従わなければならないのだろう。
ダイは、完全なる護衛。
そして女性は、おそらく身の回りの世話をする人、と言ったところか。
景子は、この女性を見た。
さっき、一瞬だけリサーについて笑っていた気がしたが、また彼女はつんと澄ましていて。
視線に気づいたのか、女性はちらと景子に瞳を投げる。
「ケイコ」
自分の胸に触れて自己紹介すると、彼女は表情を曇らせた。
呼んだり名乗ったりしなければならないのだろうか──その段階から不満なようだ。
しかし、アディマがちらりと彼女を見ただけで、態度が豹変した。
コホンと咳払いをした後、長い指を自分の襟元にあてたのだ。
「シャンデルデルバータ」
また長ったらしい名前が出たので。
「シャン?」
そう復唱したら。
「シャンデル」
ぴしゃりと修正が入った。
そう呼べばいいらしい。
「ありがとう、シャンデル」
景子は、応えてくれたのが嬉しくなって笑顔になった。
ぷいと、彼女は向こうを向いてしまったが。
アディマ、リサー、ダイ、シャンデル、菊──そして、景子。
やっと、全員の名前を知ることが出来たことになる。
「アリガトウ……」
また、アディマが呟いていた。




