表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
248/279

想像

 梅に害を加えた人間の話を、景子は聞かされた。


 目の前にいるのは、ダイ。


 そして景子の隣にいるのは、アディマ。


 近衛隊長の報告を、受けている状態だった。


 梅は、自分を突き落とした人間のことを覚えていて、彼女の言う特徴に合致する人間を、ダイは探していたのだ。


 齢70過ぎの老女と聞いて、心底驚いた。


 しかも、彼女は賢者の母であり、アディマの父の乳母だというのだ。


 だからこそ、70過ぎてなお、彼女は宮殿への出入りの自由を許されていた。


 一体、何故。


 何故、それほどの人間が、梅を亡き者にしようとしたのか。


「実は……」


 ダイが、非常に言いにくそうに言葉をひそめる。


「実は、彼女の孫娘は……現在、兄若宮の乳母をしております」


 瞬間。


 景子の頭の中に、ある女性の顔がよぎった。


 ハレの乳母で、上流の貴族の妻でもある。


 余りに上品すぎて、景子でもうまく話が出来ないほどだ。


 そんな人の祖母が、梅を殺そうとしたなんて。


「そうか……父の乳母か……ああ、息子の心配はしなくていい」


 茫然としている景子の横で、アディマは一つの不安の蔦を、事もなげに切った。


「あの一族ならば、イデアメリトスを害する気持ちだけは、爪の先ほどにもない」


 一度、視線が彼女を見る。


 心配はいらないと、伝えてくれるのだ。


 しかし。


 事実、梅は傷つけられてしまったではないか。


「おそらく……」


 悩ましげに、アディマはため息をつく。


「栄華の中にある一族だ。更なる欲が働いたとは思いがたい。行き過ぎた忠義心だろう」


 行き過ぎた忠義心。


 老女は、イデアメリトスを守ろうとしたというのか。


 日本人の女性から。


 しょんぼり。


 景子は──へこんでしまった。



 ※



 テルの乳母は、しっかりした女性だった。


 というか、がっちりしているというか。


「私の息子を、是非に若宮のお側へ」


 と、景子がくる度に、息子の宣伝をしてゆくのだ。


 ああ、これかぁ。


 アディマに聞いたことのある、側仕え志願だ。


 イデアメリトスの嫁は、貴族から娶れない分、みな自分の息子や孫を、子供の側仕えにしたがる。


 それが、将来賢者の地位につける近道だからだ。


 最近、リサーも結婚したという。


 彼もまた、近い未来に生まれる我が子を、どちらかの側仕えに上げようと考えているのだろうか。


 ありえそうで、景子は笑ってしまった。


 忠義と、そして栄華への思いが渦巻く中心なのだ。


 景子は、テルを抱きながら、ゆっくりとわき上がる不安感にさいなまれていた。


「やぁ……景子さん」


 ノッカーを鳴らして入ってきたのは、菊だった。


 テルに祝福をくれた、第二の母だ。


「おっと……妃殿下、失礼いたしました」


 菊は、乳母の強い視線に気づいたのか、臣下の礼を取る。


 景子は、泣きそうだった。


 形式とは言え、彼女にそんな態度を取らせてしまうなんて。


 だが、乳母の視線は、本当に痛い。


 さっきまでの景子に対する視線と、菊への視線は余りに違っていた。


 出入り自由にしているはずが、これでは菊も来づらいだろう。


 テルの部屋で顔を合わせたのは、最初の頃以来だったので、菊がこんな扱いをされているとは思ってもみなかった。


 いや。


 想像すべきだった。


 景子は、ちゃんと想像すべきだったのだ。


 この階級社会の中で、梅や菊がどんな立場にあるのか。


 自分だけが、アディマの作った皮膜に守られ、のうのうとしている事実を知らなければならなかったのに。


「そんな顔を、若宮に見せずに……ほら、笑ってあげて」


 乳母の視線など、もはや物ともせず、菊はテルを抱き上げる。


 凛とした彼女の腕の中の息子は、今にも泣きそうに顔を顰めていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ