あきらめること
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梅が、ぶっとんだ。
その症状を、菊は面白く見ていた。
人間、死にかけると、思い切ったことをする気になるのだろうか。
彼女の爆弾発言は、見事にアルテンとエンチェルクの頭上で爆発したらしく、二人とも完全に固まってしまっている。
それが、おかしくてたまらずに、菊はついに笑い出してしまったのだ。
「そうか……産む気になったか」
むかしむかしの話。
まだ、二人が子供で、弟も生まれていなかった頃。
梅が、こう言った。
『私は、きっと子供は産めないわ』
だから。
『だから、菊はたくさん子供を産んでね。私も一緒に育てるから』
梅は、姉妹で役割分担をしようとしていた。
彼女が菊に願ったのは、流派を継ぐことと、子を成すこと。
その二つだけは、自分が決して出来ないと思っていたのだ。
そんな最後の線を、梅は踏み越えた。
アルテンも、男冥利に尽きることだ。
周囲も手を焼く坊ちゃんだった男に、自分の命を賭けようとしている。
梅が子供を産むというのは、まさに命がけだろう。
子を成す相手として、相応しい男だと──梅に、そう認められたのだ。
固まったまま動けない人々を笑いながら、菊は思った。
もはや。
もはや、梅が何かを菊に託すことはないのだと。
流派を継ぐ必要もなくなり、子も自分で成すという。
梅は、あきらめることをやめたのだ。
これほど、喜ばしいことはない。
父が、母が、祖父が、そしてきっと弟も、この梅を見て誇らしいと思うだろう。
至福の歌が、続く。
菊は。
おかしくて、笑いすぎて──涙が出た。




