身体の中の歌
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コォォォン! コォォォォォン!
木太鼓が、高らかに打ち鳴らされるや──何か大きな一つの生き物の音が響き渡った。
婚儀の成立を告げる太鼓を待ち望んでいた、街の人々の歓声が、そう聞こえたのだ。
その音に包まれながら、エンチェルクは驚きに動けずにいた。
自分の主人が、目を開けたことを喜ぼうとしたというのに。
上から覆いかぶさるように、白髪の男がウメの唇を奪っていたからだ。
彼女は、苦しげに眉を寄せている。
男は、そんな様子にも構わず、なおも深く唇を重ね、動かしている。
「……!」
エンチェルクは、耐えられなくなって動きかけた。
この卑劣な男を、動けないウメの上から突き飛ばそうと思ったのだ。
そんな彼女の身体を、止める者がいた。
キクだ。
彼女は、強くエンチェルクの腕を掴んでいる。
「何故!?」
抗議の声を、ようやく音にしながら、彼女はキクの方を振り返った。
キクは、目を閉じている。
「トーは……歌っているだけだ」
目を閉じて──耳を澄ませている。
歌う!?
エンチェルクは、慌てて男を見るが、とても彼女の言うようには見えなかった。
「歌っているんだ……梅の身体の中で」
痩せすぎたウメの身体が、弓なりにのけぞって、落ちた。
ようやく、白髪の男はその唇を離す。
ヒューっと。
風が吹き抜けるような音を、その唇が流した。
そのまま、何事もなかったかのように、男は扉の方へと歩き出すのだ。
「窓や扉を開けて……待っているよ」
キクが、男に語りかける。
小さくうなずいて、彼は出て行った。
置いてけぼりのエンチェルクは、荒い息のウメに駆け寄りながら、彼女の無事を確かめる。
一体。
何を考えているのか、爪の先ほどにも分からなかった。




