命
☆
図書室。
ケイコは、きょろきょろと視線を動かした。
窓もない地下室は、燭台を持っていなければ何も見えはしない。
ここで、ウメが消えたというのだ。
「ケイコさん」
後方から声をかけられ、びくっとして振り返ると──菊がいた。
それと、アルテン。
「探してくれてるんだね、ありがとう……こっちもアルテンが来て、ようやく動けるようになった」
菊は、ため息をつく。
宮殿内部は、部屋やエリアによって許可制で、菊一人ではここに立ち入れなかったのだろう。
背の高いアルテンが、燭台を上に掲げると、遠くまで照らすことが出来るのが、とてもありがたかった。
「本当に、密室だな」
菊が、顎を巡らせながら呟く。
窓も扉もない。
ここから、梅は消えてしまったのだ。
どうやって?
失踪の現場に来てはみたが、手掛かりらしきものも見当たらない。
「やはりもう……ここから連れ出されたのでしょう。ウメの護衛の兵士が疑わしい」
アルテンは、踵を返した。
護衛の兵士が嘘をついているのだと、彼はそう考えたのだ。
梅の身を、誰かに売ったと。
非常に都合のいい、背の高い燭台が遠く離れた時。
あれ。
それは──見えた。
本は、生きていない。
生きていないものは、普通は光らない。
けれど、一番奥の本棚の隙間が、微かに明るい気がしたのだ。
勘違いかと思うほど、わずかに。
慌てて、景子は自分の燭台を吹き消した。
ああ。
かぼそい、かぼそい光。
だが──命の光が、そこにあった。
※
アルテンと菊が、強引に本棚をこじ開けた。
棚の陰にあったのは、下り階段。
その階段の途中に──梅が倒れていた。
「梅さん!」
景子は、驚きと悲鳴で駆け寄ろうとした。
その身体を、菊に止められる。
「階段は狭い……アルテン、連れてきてくれ」
彼女の言葉は、冷静だった。
景子が駆け寄ったところで、何が出来るわけでもないのだ。
はらはらしながら、アルテンが梅を抱きかかえてくるのを待つしかできない。
だらりと下がる白い腕が、怖いほどだ。
だが。
景子には、見えていた。
光が。
彼女は、まだ生きている。
ちゃんと、生きている。
この目に、景子は感謝した。
これで、また元の三人に戻れる。
そう。
思ったのに。
梅は、執務室に運び込まれた寝台の上で、意識を取り戻さないまま、長い間高熱にうなされた。
アディマが時折、金の炎で助けてくれたおかげで、熱は何とか下がったものの、梅は目を覚まさない。
静かに、静かに横たわるだけの梅。
水分だけは、何とか与えているが、元々細かった梅はどんどんやせ細ってゆく。
つきっきりのエンチェルクも、どんどんやつれていった。
そんな最中でも。
時は無情に過ぎ、結婚式の日がやってきてしまう。
一日もずらすことの出来ない、重要な国の祭りなのだ、これは。
景子は、行かねばならなかった。
「梅なら、行って欲しいと願っているよ」
菊の言葉の後押しに、彼女は後ろ髪をひかれながらも部屋を出ようとして──振り返った。
うすぼんやりと光り続けている、梅の命の火を見るために。




