密室
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つながら、なかった。
ダイは、眉間の皺を深くした。
暴漢たちは、直接貴族とつながっていたなかったのだ。
中継した人間を締め上げても、また次が出てくる。
そして、その道は途中で切れたのだ。
こんな火種を残したまま、婚姻の儀が執り行われるのは非常に心配だった。
更に厄介なことに──トーも、まだ都にいる。
まだ、トラブルは起きていないが、ダイはとにかくひとつでも災厄の種を除こううと考えた。
ようやく、トーを捕捉することが出来た。
彼は、風のようにどこかへ行ってしまうので、行方を見失うこともしばしばあったのだ。
ただし、歌っていればすぐに分かる。
その直後、ダイはトーの前に立ったのだ。
「すまんが……しばらく都を出て欲しい」
『出て欲しい』という言葉を使ったが、おそらく口調は『出て行ってくれ』になっていたはずだ。
存在そのものが危険なのだ。
その危険が、都にあること。
そして、キクの近くにあることを、ダイは良かれと思えなかった。
トーは、目を細める。
その細くなった瞳で、しかし、ダイをしっかりと見据えるのだ。
「それは……できない」
拒絶が来るとは、思っていなかった。
これまで、彼はあるようにあるだけだったのだ。
この国と太陽と出会うまで、人が作った風の道を、ただ通ってきたように思っていた。
だが、ダイの作る道を──トーは良しとしなかったのだ。
「私は……歌いに来たのだ」
細い目は、閉じられた。
声には、静かな力がある。
人の耳を奪い去るほどの、深い力だ。
「もうすぐ……この国が変わる日が来る」
目が開く。
「それを祝う歌を歌うまで……私はここにいるのだ」
風をかき分けた先にあったのは──鋼の芯、だった。
※
「シケた顔してるじゃないか」
宮殿内部で、こんな気軽な声をかけてくる人間を、ダイは一人しか知らなかった。
キク、だ。
彼女は、近衛兵の詰所と東翼への出入りを許されている。
東翼には、まもなく正妃になる女性と、その子たちがいるのだ。
貴族の黒幕も突き止められず、トーも都から出せない男。
それが、いまのダイだった。
気分の浮かれようもない。
「疲れた顔をして見えるぞ……シャキっとしろよ」
腕を、軽くポンポンと叩かれた。
ふぅと一つ息をついて、ダイは開いている目に力を込める。
確かに、近衛隊長が疲れているように見えるのは、よくないことだ。
部下の士気にも関わる。
そうして、ダイがいつもの自分に戻ろうとした時。
「た、隊長……大変です!」
一人の兵士が、大慌てで飛んでくるではないか。
反射的に、ダイはその男が誰か分かった。
名前や階級ではない。
どこの担当をしている人間か、だ。
東翼の、とある執務室の警護をしている。
その主は、貴族でもなく、この国の国民でもない。
「ウメさんが……」
男は、上がる息の陰からその言葉を洩らした。
様ではない、気楽な敬称で呼ばれているようだ──そんな悠長なことを考える思考は、いまはない。
「ウメさんが……消えました」
不思議な、言葉だった。
死でも怪我でもなく、誘拐か自分の意思での失踪だというのだ。
この宮殿内で。
「門から出る、全ての荷馬車を止めろ!」
ダイの判断は、適切だった。
一番効果的な、手段だったはずだ。
だが、兵士はワケが分からないというように、頭を打ち振ったのだ。
「それが……彼女が消えたのは……地下図書室なんです。私は、ずっと扉の前で待っていました! ずっとずっと待っていたのです!」
地下図書室。
出入り口は、たった一つの扉のみ。
窓もなく、綺麗に密封された石に囲まれた世界。
どこにも──消えられないはずの部屋だった。




