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美人

「梅、服貸して」


「ああ、それはいい手ね……でも、明日まで待って。服以外も用意するから」


 菊の一言目に、さっくりと梅が切り返してくる。


 何の説明も、していないというのに、だ。


 まあ。


 エンチェルクが、今日、歩けないほど足を腫らして帰ってきたことで、十分推測は出来るのだろうが。


「門下生経由でダイさんから、そっちの話も聞いたわ」


 菊側の事情も、既に耳に入っている。


 同時に、ダイの耳にも入っている、ということだ。


「じゃあ、景子さんは大丈夫だね」


 その点だけは、安堵できることだった。


「元々、景子さんは大丈夫よ。彼女は、既にガチガチの迷信でコーティングされているから。そうじゃなくて、景子さんの周りに、私たちがいることが嫌なのよ」


 梅は、奇妙な表現を口にしながら、ため息を洩らす。


「景子さんの周囲に、異国人の派閥が出来るのを嫌がっているんだわ」


 相方の紡ぐ言葉を、菊はゆっくりと噛み締めた。


 ということは。


「景子さんを……孤立させたいのか」


「ええ」


 視線を一瞬交わして、情報の統一を確認した。


「孤立させてしまえば、景子さんの意見がまつりごとに反映される可能性は低くなるわ。逆に、抱き込んでしまうことが出来れば、別の影響力を宮殿に与えられるかもしれない」


 政治のドス黒い色をした話を、梅は躊躇無く口にする。


 もしも、正妃になる者が、イデアメリトスの血を引くものならば、こんな事は起きまい。


 パブロフの犬のように、『イデアメリトス』という言葉に躾けられているのは、平民だけではなく貴族も同じなのだ。


 だが、景子は違う。


 結婚準備の期間が長かったせいか、その間に、ひととなりなどを知られる機会も多かったのだろう。


 おそらく。


『くみしやす』


 そう、判断されたのだ。


 となると、邪魔なのは──菊と梅。


 もし、この二人に何かがあったとしても、イデアメリトスは貴族より彼女たちを大事にすることはないだろう。


 頭に、現太陽の悪い男の顔がよぎる。


 なるほど、そうだろうな。


 妙に、菊は納得してしまったのだった。



 ※




「すっげー。先生って美人だったんだ」


 子供の言葉には、飾り気がない。


 シェローは、どんぐりまなこを引っ繰り返さん勢いで驚いていた。


「それは、名誉なほめ言葉だな」


 菊は、苦笑で答える。


 女性仕立ての服を着て、長い髪のカツラ。


 何故か、梅に化粧までされてしまった。


 ここまで気合を入れられると、遠目には梅に見えるかもしれない。


「定兼は置いていきなさい……怪しまれるから」


 相方の提案に、菊は頷く。


 預かるのが梅ならば、異論はなかった。


「じゃあ、シェロー……送っていこう」


 餌を。


 生き餌を、菊は用意したのだ。


 シェローやエンチェルクから狙った奴らだ。


 弱い女子供から狙う卑怯者だからこそ、剣の腕のある菊には、いきなりつっかかってこないはず。


 たが、完全に丸腰の女ならば、奴らも襲いやすかろう。


 スカートを、菊はいやがっているわけではない。


 袴と、さして変わるわけではない。


 だだ、その衣装を着るのにふさわしい立ち居振る舞いを要求されるのが、面倒くさいだけなのだ。


 さて。


 楚々と歩くかね。


 二人で、夜道を行く。


 シェローは、稽古の疲れも忘れてご機嫌だ。


 送り終わるまで、何も仕掛けられては来なかった。


 だが、気配がなかったわけではない。


 闇の中に、ざわめくそれは、遠巻きにずっとついてきていたのだ。


 さて。


 一人、戻る道すがら。


 人気のない通りに、さしかかった時。


 空気が、動いた。


 昼間の熱気が、消えきっていない、ぬるい空気。


 定兼は、ない。


 足音は、みっつ。


 スカートの立ち居振る舞いは――ここで終了、ということだった。

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