メシ
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「メシに誘ってもいいか?」
道場で、一汗流した後──ダイがそう言った。
外を見ると、見事な夕焼けが広がっている。
どうやら、夕食に誘われているようだ。
夜は、大体一人で食べる。
梅とエンチェルクは、夜の戻りがはっきり分からないのと、宮殿で食事まで済ませてくることが多かったからだ。
とは言うものの、食べ物に贅沢を言わない菊なので、残り物やパンなどを食べるだけなのだが。
いまの菊は、堂々と外食が出来る立場ではない。
道場を運営しているが、習う者からお金を取ることもないし、国から支給されているわけでもないのだ。
実際、お金を稼いでいるのは梅の方で。
要するに。
菊は、住む場所を提供する代わりに、梅に食わせてもらっている、という状態だった。
だから。
「隊長のおごりなら付き合おう」
堂々と──彼女は、タカリ宣言をした。
こんなこと。
言わなくても、最初からダイはそのつもりだろう。
「隊長……」
しかし、彼はそんなタカリ宣言よりも、菊の呼び方の方が不満だったようだ。
ダイに至っては、菊のことを何とも呼ばない。
まともに名前を呼ばれたのは、一度だけだ。
「あはは……都は何がうまいんだ?」
そんな彼の腕を、バシバシ叩きながら、久しぶりのご馳走を素直に楽しみにすることにした。
粗食でも問題なく菊は生きていけるが、うまいものをぜいたく品だと言って敬遠する人間でもない。
うまいものはうまいものとして、味わっていただくだけだ。
だが。
この質問が、ダイを考え込ませることになろうとは。
「何が……うまいんだ?」
帰ろうとしていた門下生の部下に向かって、思いっきり真顔で問いかけていた。
うまいものを食わせたいために誘った──ワケではなかったようだ。
※
「いつも、食事はどうしてるんだ?」
夜、外で食事が出来るところは酒場くらいだ。
その酒場へと向かいながら、菊は素朴な疑問を口にしてみた。
「官舎か外か……どっちかだ」
答えに、彼女はああと理解した。
いま、彼の肩書きは近衛隊長で。
官舎があてがわれていて、そこでは身の回りの世話をする者もいるのだろう。
「随分、出世したじゃないか」
異例の大出世だろう。
そもそも、ダイみたいな男は出世できないと相場が決まっている。
こんな愚直な男は、出世しようとしても、騙されて殺されるか、最前線で死ぬまで戦わされるか、はたまた辺境で退屈に干されるか。
この国の、階級社会を考えると、何ら不思議なことではなかった。
大体。
御曹司の旅に、同行できたことが奇跡ではないだろうか。
本来であれば、リサーのようなもう少し身分があって、腕っぷしのある人間が選ばれるはずだったのだろう。
ただ、御曹司の目は確かだった。
確かゆえに、ダイは出世してしまったのだ。
「……」
苦笑混じりの視線が投げられる。
本人は、望んでいないのだろう。
だが、彼は御曹司の旅を成功させた、同行者という誉れを手に入れてしまった。
この誉れには、たとえ貴族であったとしても、手出しが出来ないと梅が言っていたのだ。
リサーとダイは、順当に行けば──賢者の地位につくという。
御曹司の血筋を除けば、最高の地位の11人の一人に。
リサーはともかくとして、ダイについてはいい買い物をしたと思っている。
裏切りや策謀の心配は、一切いらない。
ただ、御曹司の剣となり盾となる男だ。
「身動きが取りにくくなった……」
いいことばかりではないのだとでも言うかのように、ダイがぽつりと呟く。
「気にせず動けばいい。いい背中を見せれば、人は勝手についてくる」
この国の中でも、屈指のよい背中を菊は叩いたのだった。




