西翼訪問
☆
「もう……子など産まんぞ」
西翼のロジューは、思い出しながらうんざりした声をあげた。
彼女が宮殿に来ているということで、景子は訪ねることにしたのだ。
梅と菊と共に。
小さい赤ん坊用の寝台で、ロジューの娘はすやすやと眠っていた。
おそらく、景子の子たちと、ほぼ同じ頃に産まれた子だ。
「産まれる前は前で私を苦しめ、産まれた後は後で、やっぱり私を苦しめるんだからな」
ぐったりと。
彼女は、長椅子に身を投げ出していた。
そんなロジューの視線が、景子の後ろに投げられる。
「初めて御目にかかります、ロジューストラエヌル=イデアメリトス=ソレイクル16殿下」
ハレを抱いたまま、梅は初めましての挨拶に腰をかがめる。
「頭に馬鹿がつくほど丁寧な女だな……そっちの国の出身にしては」
ちらりと、ロジューは菊を見る。
「お久しぶりです、殿下」
殿下のところに、微妙なアクセントを置きながら、菊はうっすらと笑みを浮かべる。
ああああ。
景子は、ハラハラした。
この二人は合わないだろうと思っていたが、やっぱり前回の会見の時に何かあったのだろう。
そんな空気感だ。
「面白い見世物をしていたらしいな、この宮殿で。動物の芸か?」
あきらかに、ロジューは菊を挑発している。
「この国の兵士を、殿下が動物と言い放たれるのでしたら、そうかもしれませんね」
菊も、1ミクロンも引く気配がない。
だが。
梅の足が、ゴッと菊の足を蹴りつけた。
菊は、声も出さなければテルを微動だにもさせなかったが、相方に視線だけは向ける。
「それより殿下……イデアメリトスの御子に、祝福をいただけませんか?」
梅は、腕の中のハレを差し出すようにして、この場の空気を変えようとした。
「ああ……なるほど。愚甥が、自分の子と認めたのだな」
ロジューは、的確に要点を掴み取ると、鼻先で笑った。
彼女が、ハレを覗き込もうとした時。
くちんっ!
長い髪が当たったのか──ハレは小さなくしゃみを飛ばしたのだった。




